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【本】山田ズーニー「おとなの進路教室。」感想・レビュー・解説

内容に入ろうと思います。


本書は、ベネッセコーポレーションの小論文編集長として16年勤めた後、なんのあてもなく38歳で仕事を辞め独立、そこからもがきながらも現在の立ち位置を獲得していった著者による、「働くとは?」「生きていくとは?」というような、主に進路をテーマとした文章をまとめた作品です。元々は、「ほぼ日刊イトイ新聞」内で連載されていたものだったようです。


いや、ホント、これは久々に超絶的に素晴らしすぎる作品に出会いました!サラッと読むつもりで手にとった一冊だったんですけど、予想外というか、予想以上の素晴らしさで、ちと山田ズーニーのファンになってしまった気がします。これはホントに、色んな人に薦めたくなる作品だなぁ。実際今日、昔一緒に仕事をしていた人と久しぶりにあって、その人が、仕事的なことでちょっと悩んでいるというんで、じゃあということでこの本を勧めてきたばかりです。これはマジで、人生に悩んでいる人には是非とも読んでほしい作品だと思いました。


本書はまえがきで、こんな風に書かれています。

『特効薬ではありません。
さらさら読める文章でもありません。
ひっかかり、ひっかかり、読むところもあります。
でも、自分の考えを引き出すのによく効きます。』

確かにその通りです。


本書は、明確な答えを提示してくれる作品でもなければ、何かズバッとしたものを提示してくれるような作品でもありません。著者が、自身の経験から、あるいは自身と関わりのある他社の経験から、様々に悩み苦しみ考え、そうやって表に出てきたものをまとめている、そんな印象があります。文章は、読みやすいし分かりやすいです。でも、書かれている内容は、スルッと読めるものでもないし、消化するのに時間が掛かるようなものも多いです。


一般的に「自己啓発本」と呼ばれる作品をあんまり読まないんでちゃんとした比較は出来ないんですけど、でもなんか、本書のような作品って凄く珍しいなと感じました。僕のイメージでは、一般的な「自己啓発本」って、『自分の方がこんな経験をしている、こんな知識がある、こんな立場にいる、だから私の言ってることって正しいでしょう?』みたいな印象があります。書かれている内容に共感できる部分もあるのかもしれないのだけど、それと同時に、うーむっていうような違和感も覚えてしまいそうな気がします。


でも本書は、『著者が一緒に寄り添って考えてくれる、悩んでくれる』そんな作品なような気がしました。読むと、マッサージでも受けてるみたいに肩の力が抜けていくし、なんだか前に進めそうな気がしてきます。等身大というか、著者が自分自身を大きく見せないようにしているところがあるんで、寄り添いやすいんだろうと思います。あまりにも凄すぎる人の話って、「へぇー」とは思えるけど、自分と同じ世界の話だと感じることって難しかったりするだろうなという印象があります。本書は、著者が読者と同じ土俵に立ってくれているんで、著者の言葉がすんなり届くような、そんな感じがありました。


僕は、読みながらメモを取ってて、こんなようなことを書いていたりする。

『就活生は、P36・P66・P73・P125・P173・P199を読んでみてください。
転職を考えている人は、P20・P50・P85を読んでみてください。
働くことに悩んでいる人は、P102からの第二章を全部読んでみてください。
そして、人生に悩んでいる人は、頭から全部読んでみてください』

これは、そのまんまPOPのフレーズにしようと考えています。


普通POPは、いいフレーズなんかを抜き出したりしてアピールするんですけど、本書は二つの理由でそれが難しいんです。


一つは、抜き出したいと思えるフレーズがとても多いということ。そして、こちらの方が致命的なんだけど、その部分だけ抜き出しても細かなニュアンスがこぼれ落ちてしまうような、コラム一つ丸々読んで一つの完結を得られる、という印象が強いということです。

なかなか巧く説明できないんだけど、例えば新書やビジネス書ではよくあるけど、「この章のまとめは→○○」みたいなのが各章の終わりに書かれていたりする。でも、本書では、なかなかそれは難しいのだ。結論めいたものはあるし、そこに向かって文章は収斂していくんだけど、でも結論だけ取り出すことが出来ない。そこに至る過程まで含めて『一つの結論』という印象が凄く強いのだ。


なんとなく、なぜそうなのだろうというのを書いてみよう。


僕のイメージでは、著者が、『見えやすいものから敢えて視線を外し、見えにくいものに目を向けている』からではないかと思う。


見えやすいものは、文章にしやすいし、結論を短くまとめもしやすいだろう。見えやすいものには大抵名前がついているし、名前がなかったとしても広く同じものを共有できるだけの共通認識が存在していたりするはずだ。だから、見えやすいものばかり見て文章を書いていれば、結論だけ取り出すことが出来る文章に出来るだろう。


でも本書は、見えにくいものに出来るだけ目を向けようとしている。見えにくいものは、そもそも気づいていない人が多いから名前がないことが多いし、一つの言葉で多くの人に共有出来るだけの共通認識が存在しないことも多いだろう。

著者はそんな見えにくいものに目を向けているが故に、結論だけ取り出すことが難しい文章になるのではないか、と思う。


全部で30個のコラムがあり、一応10個ずつ章に分かれているのだけど、「働くってどういうこと?」「やりたいことって何?」「自らの意思で選択するってどういうこと?」「居場所ってなんだろう?」というような結構幅広いテーマを、著者自身の経験や読者からのメールなど、具体的な話を適切に組み入れながら話を組み立てていく手腕はやっぱりさすがです。自分の価値観や、自分が考えてきたことに近いこともかなり多くて、そしてそれ以上に、なるほどそんな視点を持つことが出来るのか!というような気付きが凄く多くて、本当に実りある読書になりました。


個人的には、未来を選び取らなくてはいけない就活生や、今まさに人生の方向性に迷っている人なんかに読んでほしいし、上司が話の通じない部下に読ませてみたりするのも面白いかもしれません。読んでいて、この本を必要としているだろうなぁ、という存在が凄くたくさん浮かんでくるようでした。

自分の問題が何かわかっていない人、自分が何に悩んでいるのかわかっていない人、そういう「乗り越えるべきものさえ見えていない状態」、つまり「どんな風に乗り越えるべきか」なんてところまで辿りつけず、どうやってその場所から抜けだしたらいいのか分からない人には、本当に素晴らしい手引きになるのではないかなという感じがしました。ちょっと格好良くいうと、『生き方をデザインするための素敵な発想集』という感じでしょうか。

正直今回の感想は、これ以上書けることがない。本当に、具体的にどんなことが書かれているかに触れようとすると一部を切り取らないといけないし、でも切り取られた一部だけでは正確なことは伝わらないということはとても分かっているわけです。なかなか内容に触れるのが難しかったりするわけです。


でも、正確さを多少犠牲にしてでも書いておきたいものをいくつか選んでみたので、それをここに引用して今回の感想を終わろうと思います。

『やりたいことは、人とのつながりの中に見つけていくしかない。(中略)人とつながりたいなら、自分の中にあるものを出して、表現するしかない』

『そんな若い世代を見ていると、あれこれと、画策したり、獲得したり、獲得したもので自分を説明したり、誇示したり、人に勝とうとしたり、という根性がない。
だからだめだという大人もいるけれど、私には、それが「余裕」と映る

豊かさが生み出した心の「余裕」

平和だの共生だの、外から押し付けられなくても、自分を飾らず、さらりと脱いで、共感によって、つながる力を彼らは持っている。
肩書きとか、実績とか、栄誉とか、そういう自分の位置に関する、いっさいの説明ゼリフを排除したところで、人とつながる力、場とつながる力。
だから若い人は、大人より苦じゃなく、すぐ友だちができていく』

『「やりたいことが見つからない」というとき、このこと自体が問題ではないと思う。まだ、社会に出て働いたこともない若者の、みんなに「やりたいこと」があるはずだと考える方が無理がある』

『でも、小学校から中学校、高校、大学と、ずっと「勉強」だけをやってきた人間は、「勉強でない、仕事をするとはどういうことか?」を、いったいどこで身につけるのだろうか?』

『もしも、「いまから外に出て、五千円稼いできてください」と言われたら、あなたは、どうやって稼いできますか?』

『自分も含め、関心が、内に内に向いてしまう人がどうしてか、いま、とても多くなっていると思う。(中略)
いまの人に「自己肯定感」が育たない、というが、それも、そのはずだと思う。外に目が行かないとなると、様々な不安や憤りも行き場を失い、結局は、「自分」以外に責めるものは、なくなるからだ。』

『いま、私が魅力を感じる人は、お金とか、地位とか、権威とか、自分にはりつける強いアイテムを何ひとつ持たず、「自分はこれからだ」ともがいている人たちだ。』

『自分探しじゃない。自分を探すから迷走するのだ。そうじゃなく、絆づくりなのだ、といま私は思う。』

ホントは、もっと言葉を尽くしてあれこれ絶賛したい作品だ。でも、なかなかそれは難しい。一つのコラムそれ自体で一つの完結を生み出している作品を、コラムを全文引用する以外の方法で紹介したり褒めたりすることがなかなか難しいのだ。とにかく、この作品は素晴らしかったです。間違いなく、他の山田ズーニーの作品も何か読んでみることでしょう。とにかく悩んでいる人は、絶対に読んでみてください。あなたのその悩みが、すぐに解消されるような一冊ではありません。でも、あなたが前に進もうという気力を得られるかもしれないし、時には、後ずさってもいいんだよね、というような勇気も得られるかもしれません。本当に素晴らしい作品です。是非読んでみてください。


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