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蓮川らいねの述懐


なんとか逃げ込んだ廃工場の中で。
息の切れた私は、そのままつんのめるように埃と瓦礫まみれの床にダイブするところを、琉子さまに抱き留められた。

「-っ、あ…」

でも礼の言葉すら出ないほど。
私も。佳那も忍さんも、疲れ切っていた。

それでも。
それでも私は、なんとか力を振り絞り、掠れた喉から血を吐く思いで、言った。言わなければならなかった。

「すいません、完全に、私のミスです」


ことは数時間前に戻る。
ネスト出現の報を傍受した忍さんがかけあって、一部の群れの掃討を引き受けた私たち。
もちろん私たちは4人きりの小規模なグループでしかなく、レギオン未満の私たちには事態を解決することはできない。
せいぜい、ヒュージ群の一部に圧力をかけて攻撃平面を割き、主攻レギオンの負荷を軽減。あるいは、エリア内の民間人の避難を促す、その時間を稼ぐ。その役割が関の山だ。
それでも、私たちがリリィとしてできる役割には違いなく。
隊の戦術指揮を一任され、かつ、ここのところ手ごたえある戦いを展開できていたと自負する私には、これもまた、胸躍る任務には違いなかった。

「らいね、あんた、ちょっと浮かれてない?」
「いいえ、これは任務を前にした自然な高揚感、武者震いというものです」

佳那にそう返した私だったが、とんでもない。
彼女が正しかった。
そう、このところの成功に、私は浮かれていたのだ。

実際、今度の任務も上手く行っていた。

どこかの武装ゲリラを真似て、遺棄されていたピックアップトラックを徴発、テクニカルよろしく改造した私たち。忍さんの運転で、高速でかつマギの消費を抑えながら要所要所を移動。接近するヒュージは琉子さまが叩き落とし、佳那の射撃が的確に敵を削っていく。私は適時レアスキルによる周辺視野を展開、次に進むべきポイントをナビゲートするだけで良かった。

…しかし。
うかつにも群れの厚みを読み違えた私は、指示すべきルートを間違えた。
敵の攻撃の直撃を受けた車体は走行不能。
そのまま車から放り出された私たちは、集まってくるヒュージ達を切り払い、なんとかここまで逃げてきた。


「完全に、私のミスです」

どんな叱責を受ける覚悟もあった。
なぜならこれは私のミスであり、私の落ち度であり。
浮かれていた私が、みなを巻き込んで地面に落ちた、その結果なのだから。

…でも。

「ごめん、私のせい」

思わず声のする方に目を向けても、佳那は目を合わせない。
握りしめたCHARMに視線を落としながら、

「私、ミスった。どんなヤツだって、近寄るまえに全部撃ち落とす。そのつもりだったのに。…ちょっと、ビビった。ごめん」

佳那は、私も舌を巻くほど超人的な射撃センスを持っている。
視界の端、ほんの影しか見せないような敵でも、CHARMを向ければだいたい当てる。撃ち落とす。
…でもそう、「だいたい」でしかなくて。百発百中ではなくて。
彼女はヒュージに近寄られると、身体が硬直するトラウマ持ちだ。

だけど私は知ってる。
それでも、無理やり身体に鞭を入れて、目の前の敵を撃ち抜いたことを。ただその刹那、相手の触腕が伸び、車体のシャフトをねじ切ったのだ。

「その程度の攻撃で、止まっちまうような改造したのは、わたしだよ」

モノクルの向こうから真っすぐ。いつもの皮肉げな口調ではなく。
直截に。吐き捨てるように。

「いくさ場で転がすモノなんだ。このくらい想定して当然だった。
 だいたい、運転してたのはわたしだ。わたしにも責任がある」

忍さんはこの隊の専属アーセナルとして、CHARMを始めとする装備品一切を担当している。今回の車の改造も忍さんの手による。
でも彼女の改造にミスがあったとは思えなかった。
敵の攻撃に耐えるような装甲を付ければ、車体は当然重くなる。鈍くなる。
急場しのぎとして用意するなら、あの車以上のものはなかったはずだ。

「いや、でも、私が―」

その先を続けることはできなかった。
かぶせる様に、大きな、低い、ちょっとダミ声めいた琉子さまの声が。

「なンだよ。もお絶望とか、思ってんのか?」

私も。佳那も。忍さんも。
視線の先、CHARMを握りしめ突き立て構えながら。
琉子さまは扉の向こうを睨みつけ、私たちにその背中を見せながら。

「まだまだ大丈夫サ。
 だって。
 だってアタシがまだ、立ってるだろ?」

首だけちょっと振り返り、肩越しに私たちを見ながら。

「お前たちがアタシを旗に戦うなら、サ。
 アタシは必ず、お前たちの前にいる。
 アタシは最後まで、お前たちの前に立って、アタシの背中を見せてやる。…だからサ、アタシの背中が見えてるうちは、まだ終わってない。最後じゃない」

そこまで一息で言うと、少し優しい口調になって。

「…そうだろ、佳那?」

佳那は言葉尻を食い気味に、

「はい!はい、はいはいはい、はい! そうです!
 姉さんの背中が見える限り、この中路佳那、諦めません!!」

「忍は?」

「…くくっ こんな状況下だ。めったにないデータが取れるだろうさ」

「じゃ、らいね、お前は?」

「私は… でも… 私が…」

私が。私のミスが。私の、私の。

「うるせぇ。
 お前に任せたのはアタシで、お前がミスったならアタシのミスだ。
 あんまりアタシのミスを責めるなよ。つらい」

「そ、そんな!」

脱出の際にどこかぶつけたのか、メガネのフレームが歪んでいる。
でもその向こうの視線は濁りすらなく。

「ミスは修正、失点は行動で取り返す。いいな」

「-はい」

私はこの隊の戦術指揮担当。
そこにミスがあったなら、取り返す方法なんて、一つしかない。

「お任せください。蓮川らいね、生還プランを直ちに立案します!」



隠れて隠れて進みながらも、結局ヒュージの小集団に発見され。
切り開くも、ほかの集団が追い付いてくるのを振り切ることはできず。
結局、琉子さまがひとりで。ひとりで!
おとりになってひきつけ、私たちを逃がし。

48時間後、単独で敵中突破された琉子さまを迎えるという、今でも胸が締め付けられるような展開がこの後待っていた。

正直、二度と、二度とごめんだ。

こんな思いをしないために。させないために。
私、蓮川らいねは今日も己を研ぎあげる。

任されたものに、応えるために。

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