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移動する/させられる人生

発信の継続ができなくなってきているぞ。なぜだろう。ルーティン化したい!

人類学のテーマの中でも「移動」に関心があるのではないか、と自己分析して、本屋でタイトル買いしたこの本について。

結論、すごくおもしろくて。
自分がもっと見てみたい・深く知りたい世界ってこういうことなんじゃないかって思った。

この本の帯にはこう書いてある。

難民、移民、海民、遊牧民ーー
移動しながら/移動させられながら生きる人々

戦争や開発によってもともとの住処を追われた人々。
はるか遠い異国まで家事労働者として出稼ぎをする人々。
遊牧や漁撈が生業で、そもそも国境という概念を持っていなかった人々。
そういうさまざまな「移動」が人生に貼り付いている人たちの姿がたくさんの研究者のテキストで紹介されていて、その暮らしのディテールを読むだけでとても興味深い。

だがそれ以上に、なんていうか・・・
こういう人々をある種の特殊事例として扱うこと自体が、実は「移動しない人生」が無意識に自分の中で当然の既定路線になっていて。
それによって自分が物事をとても偏った視点からしか見れていないことに気づかされるんだけど、そういう価値観の揺らぎの体感ってのが、なんだかとてもおもしろいのだ。
(おもしろい、興味深い、くらいしか語彙がなくてなんか違和感なんだけど、とにかく心が惹かれるのです)

「移民」っていう言葉の裏には、一定の範囲内に定住していてほとんど動かない、つまり「あなたは◯◯人ですよね」って名付けやすい「国民」の存在が前提とされている。
でもそれって、たまたま自分が「国民」側にいただけで、そうでない人生も大いにあり得たわけだ。
日本にも「家船(えぶね)」と呼ばれる水上生活者がかつてたくさんいたらしい。
もし自分がそうだったら・・・?っていう、ある種のPLAYなのかもしれないな、文化人類学っていうのは。
別の人生のやたらと詳細な追体験だとすると、映画や小説とも似ているかも。

いま、わたしは文化人類学の入り口に足を踏み入れようとしているわけですが、パッと眺めただけでもあまりに広大なので、誰が・何を言っているのか、自分は誰の話から聞けばいいのかってのを少しずつ調べています。
誰がどこの大学にいて、どんな研究をしててどんな論文を書いてて・・・みたいな切り口で調べ始めていたんだけど、なんだか仕事みたいだな。
もっとカジュアルに、好きな映画や小説を芋づる式に掘り下げる感覚で探してみてもいいのかもしれない。
なんて書きながら思いました。

終わりだよ。

次回予告:だんだん発信の多い人類学者の名前を覚えてきたりしてるので、誰かの発信を追ってみて、それについて感想を書いてみよう。





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