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【能登半島地震】「取材ノートから」拡大版

※文化時報2024年2月9日号の掲載記事です。

 能登半島地震は「社会と宗教をつなぐ」をミッションとする文化時報の真価が問われる災害だ。宗教記者である私たちに、何ができるのか。この1カ月、現場に立ち、あるいは後方から現場を支えた記者たちが、原稿に盛り込み切れない思いをつづった。


渾身の一行

 「どうして俺をこんな目に遭わせるのか」。元日のだんらんは突然の揺れで一変した。妻子を残して土砂にのまれ、倒壊したわが家に向かって慟哭(どうこく)する男性の姿がまぶたに残る。罪もない住民を突然、悲しみのどん底に引き落とした運命の不条理な仕打ちを憂える。

 人の話を聞いて、記事を書く。記者の基本的な仕事である。逆に言えば、記者はこんな単純なことしかできない。能登半島地震。今この緊急事態に直面して、記者は心して被災地に入り、心身ともに大きな痛手を負った住民から心して話を聞き、その声を記事にする。

 上司の命令ではなく、出勤原稿でもない。被災者の気持ちに寄り添い、埋もれそうな声を伝える記者の使命が原動力である。被災地の早期復旧・復興を願う読者の輪を、一人でも多く広げるため、今日も渾身の力を込めて一行を書く。(奥山正弘)

伴走者でありたい

 「ハゲワシと少女」という報道写真がある。餓死寸前の少女を狙うハゲワシを捉え、スーダンの飢餓を訴えた写真だ。発表後、「なぜ助けないのか」との批判が多く寄せられ、メディアの報道姿勢を問う論争に発展。撮影者は自ら命を絶った。

 私も紛争地帯での取材経験があるが、能登半島地震の被災地に満ちた悲劇には呆然(ぼうぜん)とした。潮と油の匂いが残る町や、焼け跡で行われる捜索活動、がれきと化した人々の営み。何を切り取り、何をあえて切り取らないのか。凄惨(せいさん)な現場では、葛藤の連続だった。

 救いもあった。「負けてたまるか」の墨書を張り出し、自他を鼓舞する住職がいた。不安に耐え、苦難に立ち向かう被災者の姿があった。非常時でも感謝と祈りを忘れず、支え合う人々を多く見た。

 能登は必ず復興すると信じてやまない。社会と宗教をつなぐ使命を帯び、これからも現場に向かう。能登再興の伴走者でありたいと願いながら。(佐々木雄嵩)

予想に反する感謝

 北陸路は真宗の金城湯池と例えられ、特に石川県は真宗王国として知られてきた。とりわけ、能登地方の寺院の8割は真宗大谷派である。一方、曹洞宗大本山總持寺祖院(石川県輪島市)は宗僧の故山といえるし、元の宗旨をたどれば真言宗だった古刹(こさつ)も多く、宗教色は豊かだ。

 昨年は大谷派金沢教区の宗祖親鸞聖人750回御遠忌などで北陸に足しげく通った。半面、昨年5月5日に最大震度6強を観測した地震では、現地に入れず心残りだった。

 今回は、絶対に現地で取材したいと思っていた。1月4日以降約2週間訪れ、被災者からお話をうかがった。行政は不要不急の往来をやめるよう呼び掛けていたが、予想に反し記者には「現状を伝えてほしい」と望む声や感謝の声が寄せられた。

 災害報道は、社会の公器である新聞の第一の使命だ。現地取材で改めてそう自覚させられた。(高田京介)


支援活動を行うNGOとともに避難所のお寺を訪問した

宗を超え、友案じる

 能登半島地震で、真言宗寺院の主な被害は高野山真言宗に集中したが、古義系真言宗の教師らは宗派を問わず、高野山大学や専修学院の同期など、友人知人を案じている。

 御室派葛井寺(ふじいでら)の森快隆住職は、被災した友人が奈良のホテルに避難してきた。「ひとまず、体だけは休められたでしょうな…」と、心を寄せている。

 葛井寺は度重なる災害を経験しており、1510(永正7)年の地震では多くの伽藍(がらん)を失った。先ごろ大阪府の有形文化財に指定された「葛井寺参詣曼荼羅(まんだら)」は、この地震からの復興に向けた勧進などの活動との関わりで制作された可能性があるという。

 森住職は「これを見ていると、東と西に大きな大塔があったんですなあ」と感嘆。「しかし、私らの年になってから地震に遭っても、もう再建する元気は出ませんわなあ」と、改めて被災した友を気遣った。(春尾悦子)

神も仏も

 能登半島地震の取材でわれわれが拠点を置いたのが、金沢市内だった。

 ふらりと外出しただけで「揺れが収まるまで、思わず『なまんだぶ』と唱えていた」と話す女性に出会った。別の女性は、神社が閉鎖されているのを見ると、ていねいに手を合わせ、お辞儀してから立ち去った。これが真宗王国と称される土地柄かと、驚愕(きょうがく)するしかなかった。

 やっとの思いで過去の地震から復興を果たした寺社もある。どうしてまたこんな目に遭うのか―。神も仏もないと自暴自棄になったり、再建を諦めてしまったりすることを案じる。
 宗教には、直接的な力がない。何を唱えようが祈ろうが、がれきの山は片付かない。

 では、何のために神仏はいるのか。答えは一様でも明瞭でもないが、「能登はやさしや」を実感して思う。信仰と慈悲が根付く土地で、被災した一人一人に、どうか神と仏がついていてほしい。(松井里歩)

寛容さが未来開く

 私が被災地に入った1月22日の週、北陸地方は連日の大雪だった。しばらく金沢市内の拠点にとどまっていたが、週末に雪が弱まり、石川県七尾市の寺院をいくつか訪ねることができた。

 近隣の水産業や観光業が壊滅的な被害を受け、関係者らは「人々の生活を取り戻さなければ」と口々に言う。能登地方の仏教寺院は、豊かな自然を生かした産業に従事する檀家や門徒に支えられている。まさに一蓮托生(いちれんたくしょう)である。

 過疎地の復興は、簡単ではない。輪島市の朝市通りで食品販売を営む女性は「金沢に拠点を移す。輪島に戻るのは10年後」と語った。険しい道のりだ。

 自然災害は日本のどこでも起こり得る。持続可能な社会を築くには、外国人の存在が頼りだ。今回の地震で被災した外国人技能実習生たちが、能登で再び働きたいと思うためには、どうすればいいか。仏教の利他精神や寛容さが求められている。(山根陽一)

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