環境守る社会的責任 末吉竹二郎氏が語る真如ヤーナ(上)
真如苑の新たな聖地として注目される真如ヤーナ=用語解説=について、地球環境問題アナリストの末吉竹二郎氏は、広大な土地を取得した教団としての「社会的責任」があると説く。伊藤真聰苑主の教えに基づいて自然との共生を図りつつ、社会と接点を持つことが、これからの聖地に求められる在り方だと提唱する。(主筆 小野木康雄)
祈りの場、社会との接点
――真如ヤーナと命名される前から、アドバイザーとして、10年以上プロジェクトに関わってこられました。どのような聖地にすべきだとお考えですか。
「信者の方々の大切な寄進によって得られた財産なので、祈りの場とすることが一番です。それと同時に、地域社会やその延長にある日本、アジア、そして世界と接点を持たなければなりません。真如苑と社会がお互いの理解を深めていく上で、緩衝地帯としての役割も必要です」
――どこに根本的価値を置けばいいでしょうか。
「苑主さまの教えがベースになるのはもちろん、自然との共生は不可欠です。世界では、地球環境を守るため、未来世代に問題を残さないという価値観が重視されているからです」
――2022年11月の国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で閉幕にあたって、国連のグテーレス事務総長は「地球は、いまだ緊急治療室にいる」と指摘しました。
「グテーレス事務総長は『地球は壊れている』とも言っていますね。46億年かけてつくり上げられた生物多様性が、気候変動によって破壊されているという認識です。人間は自然に対し、自殺行為というべき勝ち目のない無謀な戦いを挑んだ結果、猛烈な反撃を受けている―というわけです」
「人間は、科学の力で自然を変えられる、征服できると思い込んでいました。21世紀最大の使命は、自然との平和共存を回復することです。それが世界の共通理解となりつつあります」
――前近代的なものの見方や考え方から脱却しなければなりませんね。
「20世紀は技術の発達により、人間が何でもできると思い込んでいました。人間の力を過信し、地球が有限であることを無視していました。何をしても大丈夫と思っていたわけです」
「地球は有限であるという認識に引き戻していく作業が今、始まっています。私たちは生き方や社会・経済の在り方を、根底から考え直そうという時代の転換期にいるのです。そうすると、何が本当に大切なのかという価値観の設定が大切になってきます」
公益と私益のバランス取る
――宗教が新たな価値観を提供できる可能性はあるでしょうか。
「宗教の誕生と興隆、衰退の歴史を見ていくと、その時々の社会の価値観にうまく対応できているかどうかが問われます」
「真如苑が大事にしている価値観を、より多くの人に理解してもらい、しかも長続きさせるには、社会問題を一緒に解決する存在でなければなりません。社会から超越したところで存在し続けようとしても、どこかに無理が出てくる。企業と同じで、社会問題を解決すること自体をビジネスにしている団体が、存続を許されるのだと思います」
――一方で、宗教に対する懐疑的な見方もあります。
「生きとし生けるものの命は全て大事であるという宗教のコアな価値観に照らせば、自然との共生は当然です。自然を壊して人間が生き残れるはずがない、自然があってこそ人間は生きていられる―という現実と、宗教の教えはぴったり合致します」
「真如苑は、苑主さまが自然との共生をうたっています。世界が求めていることと共振、同調するところが非常に多いという強みがあります」
――だとすれば真如苑は、真如ヤーナをどのように活用していくべきでしょうか。
「幸運にも、あれだけ広大な土地を取得できたわけですが、それに伴う責任もまた大きいと言わざるを得ないでしょう。私有地だから勝手気ままに開発していいという話では全くない。社会的責任があるのです」
「公益と私益のバランスをどう取っていくか。私益が公益をしのぐと、うまくいきません。広大な敷地の中で、何をしているかが分からないという不信感が募ります。かと言って、宗教施設である以上は、全部オープンにすべきだとも思いません」
――具体的なアイデアはありますか。
「植生をどう育てていくかを中心に考える必要があります。個人的には、アジアの農業文化の経験を引き継いでいくという意味で、田んぼを作ってもいいと思っています。もっとも、自然との共生は、真如ヤーナに限らず、全国にある真如苑の土地で目指すべきことなのかもしれません」
――生物多様性以外にも、持続可能な開発目標(SDGs)=用語解説=にはさまざまな多様性(ダイバーシティ)の実現がうたわれています。
「昨年6月と今年4月に営まれた『真如ヤーナ 済摂会(さいしょうえ)』には、海外からも多くの信徒が訪れました。国際性を強める場にする、という視点も大事だと思います。人種や社会的性差(ジェンダー)を含めたダイバーシティを考えてもいいでしょう」
「少し話が変わりますが、気候変動の本当の被害者は誰だと思いますか?」
未来世代は、弱者である
――本当の被害者ですか…。人間以外の命でしょうか?
「生物多様性が失われているという点ではそれも大事な視点ですが、世界が今、言い出しているのは、本当の被害者は社会の弱者だということです。アマゾンを見てください。先住民にとって、すみかであり生活の場である自然が破壊されています。貧困にあえぐ人々や、意見が政策に反映されない若者、女性なども被害者といえるでしょう」
「最も気候変動に加担していない人たちが、気候変動の被害を受けている。この不公平さを変えていかなければならない。最近の気候変動対策に正義や公平という概念が入っているのは、このためです。ひとくくりにいえば『人権』であり、日本にとって不得手な分野です」
――たしかに、地球環境と人権を結び付けて考えることは、あまりないかもしれません。
「例えば、農業や漁業に顕著ですが、気候変動や自然災害によって、今できているビジネスができなくなるという実態があります。現役の人は収入源を失い、後継者は職業として選択できなくなります。これは人権問題です」
「未来世代は、弱者です。なぜなら今、声を出せないから。世界は、社会課題を弱者の視点から考えることを重視していますが、苑主さまもまた、真如苑の信徒の中にいる社会的弱者のために、祈りをささげておられると想像します」
――興味深い見方です。
「真如ヤーナは、宗教と地球・社会の接点や共通点を認識してつくらないと、うまくいかない可能性があります。逆にいえば、そういう配慮をすれば社会は歓迎する。一般の人々にとって役に立たないものは、短期間は存在しても、長期間で見ればいずれ消えていきます。社会の求める基礎的な価値観を実現するよう、絶えず考えておかなければ、長持ちしないと思います」
サイエンスの知識を得る
――地球環境はあまりに規模が大きな話であり、熱心に取り組む人とそうでない人の差が際立っている気がします。
「今年は桜の開花が早かったですが、いろいろな場面で気候変動を肌身に感じることはあるでしょう。それがすぐ行動につながるかというと、そこまでは至っていない。変化を加速させるには、情報を共有することだと思います」
「変化は目に見えない所で起きています。アマゾンの熱帯雨林やキリマンジャロの氷河が減少していることは、日本にいるとなかなか分かりません。平均気温がいつに比べて何度上昇し、二酸化炭素濃度がどれだけ増えたのか―などといったデータも必要です。地球環境や生物多様性の問題は、情報がないと誰にも理解できないのです」
――正しい情報を得られれば、対策を取れるというわけですね。
「なぜ行動できないのかと嘆く前に、私たちがサイエンス(自然科学)の知識レベルを引き上げなければなりません」
「たとえば、海水に二酸化炭素が溶け込んで濃度が高まると、酸性になりますから、甲殻類やサンゴなどの生き物が海中に溶けているカルシウムを固定化できなくなります。最も深刻なのは、食物連鎖の最初である植物プランクトンがなくなるのではないか、という懸念です。海流の変化が起きて魚がいなくなった、というだけでは済まされません。地球は満身創痍(そうい)といってもいいのです」
「米国で自然災害が多発したとき、当時のオバマ大統領は、一つ一つの災害が個別の理由で発生したと考えるよりも、根っこに気候変動の問題があると考えて対応を取るべきだと訴えました。大事な発想です」
《(下)につづく》
【用語解説】真如ヤーナ
東京都立川市と武蔵村山市にまたがる真如苑の新たな聖地。東京ドーム23個分に相当する面積約106haを誇る。日産自動車村山工場の跡地で、真如苑が2002(平成14)年に取得後、地元自治体などと協議して利用方法を決めた。2022(令和4)年、公募の上、伊藤真聰苑主により「真如ヤーナ」と命名。ヤーナはサンスクリット語で「乗り物、道、教え」の意味がある。
【用語解説】持続可能な開発目標(SDGs)
2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。15年に国連本部で開かれた「国連持続可能な開発サミット」で採択された。17の目標と169の達成基準からなり、誰一人取り残さないことを誓っている。
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