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在宅医療に電子連絡ノート「宗教者も参加を」

※文化時報2020年11月28日号の掲載記事を再構成しました。

 在宅医療の現場で、医療者がタブレット端末「iPad」を通じ、宗教者と患者情報を共有する研究が進んでいる。端末に搭載されたアプリは、その名も「電子連絡ノート」。野本愼一京都大学名誉教授(医学博士)らの研究グループが開発した。スピリチュアルケア=用語解説=を行う臨床宗教師=用語解説=に着目し、「チームで対処すれば、患者や家族の悩みを解決につなげられるのではないか」と考えている。(主筆 小野木康雄)

心のケアに活路

 「他者に認められることに満足し、精神的苦痛も緩和されているようです」。施設の相談員が電子連絡ノートに記入した内容を見て、主治医はこう応じた。「悲観的な発言がなくなり、とても落ち着いている」

 背骨の靱帯が骨になる難病を患った74歳男性。入居する老人ホームで、当初は周囲に「こんな体で生きている意味がない」「死にたい」と漏らし、自ら食事を絶つまで落ち込んでいた。

 そこへ、臨床宗教師が訪問しはじめると、男性は病気になる前のことや、輝いていた過去のことを語りだした。表情は明るくなり、食事も再開したという。

 これらの情報は電子連絡ノートを通じ、医療者と臨床宗教師で共有されていた。野本名誉教授らのグループは今年6月、男性のケースを含む4症例を研究成果にまとめ、こう結論付けた。

 「臨床宗教師が在宅医療・介護チームに参加することは、心のケアになり得る。電子連絡ノートを活用することで、医療職・介護職が知り得ない情報を共有できる」

患者・家族を主体に

 電子連絡ノートの開発が始まったのは2010年。日本でiPadが発売された年で、野本名誉教授らは文部科学省の科学研究費助成を受け、研究開始にこぎつけた。翌年から試験利用をスタートさせ、13年に商標録。14年には野本名誉教授を理事長とする一般社団法人電子連絡ノート協会を設立した。

 コンセプトは、患者宅にある手書きの連絡帳の情報通信技術(ICT)化。患者・家族を情報発信の主体と捉えることで、従来の医療職中心ではなく、職種の壁を越えた連携が可能になったという。そうした中、話すことのできなくなった神経難病の患者が、わずかな指の力でこう記入したことが、野本名誉教授らの胸を打った。

 「iPadさえあれば、主治医に連絡がすぐ取れる。愚痴ることもできるのです。文字ならば通じることもできるのです」

 完治を望めない患者の愚痴を聞けるのは、医師や看護師、介護スタッフではなく、傾聴の訓練を受けた専門職ではないか。医療職とは異なる人でもチームに入れるという電子連絡ノートの特性を生かし、死生観に長けた人に加わってもらうべきではないか―。そうした発想で、臨床宗教師に研究への参加を呼び掛けるようになったという。

210709電子連絡ノート教授

臨床宗教師らに電子連絡ノートを使った研究参加を呼び掛ける野本愼一名誉教授(左)ら

研究協力で無償利用

 研究は在宅医療関連の財団から助成を受けながら続いているが、新型コロナウイルスの影響で思うように症例が集まっていない。

 また、野本名誉教授によれば、医療者にとっては、臨床宗教師の活動がまだよく知られておらず、宗教というだけで布教や霊感商法を連想し、警戒する人も少なくないという。

 今後は在宅医療の医師らに研究への協力と臨床宗教師への理解を呼び掛け、代わりに電子連絡ノートを無償で使ってもらいたいとしている。

 野本名誉教授は言う。「臨床宗教師をはじめとする宗教者には、ぜひ目覚めてほしい。あなたたちを待っている人は、たくさんいる」
        ◇
【用語解説】スピリチュアルケア
 人生の不条理や死への恐怖など、命にまつわる根源的な苦痛(スピリチュアルペイン)を和らげるケア。傾聴を基本に行う。緩和ケアなどで重視されている。

【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
 被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は21年3月現在で203人。

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