〈5〉始まりは作法の問答から
※文化時報2021年3月8日号の掲載記事です。
「チーンとおりんを鳴らしたあと、音が気に入らないので手で止めてしまった。よくないことが起こりそうで怖い」と、あるケアマネジャーさんが尋ねてきた。笑いそうになるのをグッと我慢して答えた。「大丈夫ですよ。葬儀ホールの大きなおりんはよく響くので、私も手で押さえて止めますから」と。
ある薬剤師さんは「真宗大谷派のお坊さんは、なぜお経の本を畳に投げ捨てるの?」と尋ねてきた。「それはお経の本ではなくて、中啓(ちゅうけい)という扇子のような形をした道具です。音をたてて落とすことで、着座の合図をしているのです」と説明した。そんな所作を知っていたことに驚いた。
仏事の作法に関心がある人は多い。疑問や質問もたくさんあるのだろう。答えてくれるお坊さんが身近にいないだけだ。「遠慮せずに尋ねてくれたらいいのに」と思うお坊さんは多いだろう。ならば尋ねる。「いつ? どこで?」
前者のケアマネジャーさんはケアプランの事務所で、後者の薬剤師さんは薬局で、それぞれ別の用事があって筆者が訪問した際の話である。
筆者は、病院で見ず知らずの人から同じような質問を受けることもある。作務衣姿の剃髪なので、一見してお坊さんと分かる。難しい顔をしないでニコニコしていると、相手から話し掛けてくる。あとは何が知りたいのかを的確に聞くだけだ。
それが縁で法事を頼まれることもある。お寺さんと縁が切れたまま、お仏壇だけが家でほこりをかぶっている。そんな家で勤行することも、一度や二度ではない。お坊さんと出会うチャンスがない人がたくさんいる。仏様に手を合わせる気持ちはあるのにもかかわらずだ。
福祉の現場は、そんな「無縁さん」に出会うチャンスが多い。福祉用語で「アウトリーチ」と呼ぶ。困っている人がいないかを探して歩くことだ。お坊さんも歩けば、いろいろな人が話し掛けてくる。福祉仏教とはそんなところから始まる。(三浦紀夫)
後日、薬剤師さんに中啓を見せながら説明した
三浦紀夫(みうら・のりお)1965年生まれ。大阪府貝塚市出身。高校卒業後、一般企業を経て百貨店の仏事相談コーナーで10年間勤務。2009年に得度し、11年からビハーラ21理事・事務局長。上智大学グリーフケア研究所、花園大学文学部仏教学科で非常勤講師を務めている。真宗大谷派瑞興寺(大阪市平野区)衆徒。
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