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海猫Ⅰ

路地裏に寂しい影が闇を落とすと、
色褪せた煉瓦の通りに柔らかい足音

湿った風が運ぶ呟き声
反対から近付いて、影を伝って忍び寄る

春、訪れてまだ浅い夕刻
日の入りを待たずに夜気も冷たく漂って

足音は柔らかい
なめし革のように滑らかだ

呟き声は時折、喉の奥からグツグツと
不鮮明に発せられる

影のなかにさらに濃い影が現れた

細い通路に吹き込む風は、
上空に逃れて
潮の香りだけを残して消えた

海猫は闇にいた

潮風を背に受けて座り込む

灰色の毛皮をまとい、
耀く瞳は時々で変化する

港町に棲み付いて久しく
決まって夕刻に現れた

猫なのだ、と云う者もある
それ自体を認めない者もある

決して影から出ることはなく、
潮風の届く場所しか座らない

奇妙と言えばそうだが、
然したる不都合も見当たらない

グツグツと呟く声が聞こえてくると、
闇が支配する世界が近付く

影が影と混ざり合う頃、
いつの間にか消えている

それとも、すぐ側に聞こえないか
喉の奥にグツグツと


bun★jac  2020.04.11

海猫Ⅱへつづく


かねてより絵本を出版することが夢でした。サポートして頂いた際には、出版するための費用とさせていただきます。そしていつか必ず絵本としてお返しさせていただきたく、よろしくお願いします。ひとりでも多くのこどもたちの夢見る力を応援したい。それがストーリーテラーとしての役目です。