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嘉日の蛙

泣き濡れた庭の片隅に、しおれた蛙がひっくり返っていた

斑の腹を見せて、過日の照り返しに干からびたのだ

蛙の命は微かな灯火
それでも消え入るまでには数刻ある
この期に及んで何を考えるのか

薄い瞼を伝わる滴が、
もしかすると、この干からびた躰を潤してくれるかもしれない

なに、干からびているのは躰ではないさ

蛙は、日照りの神が哀しみを乾かしてくれるかもしれない、
と数日前に願っていた

今では、雨垂れの神が渇きを潤してくれるかもしれない、
と考えていた

蛙にとって躰とは自然そのもの

天気と共に都合よく変化する
しかし、渇きが先か、憂いが先か、それが分からなくなった

ただ、元を正すことに今更、意味もない

蛙にとって、腹の斑は自慢だった
白地に黒の斑点が映えて、低い声で腹を膨らませれば
愛しいものたちが目を潤ませる

こうして命尽きるときにも
一番、美しい姿を選びたかった

この小さな庭の青草の上、
百舌鳥に突っつかれることもなく干からびて往く
やがては地中へ還れるだろう

泣き濡れた庭の片隅で、
神聖な蟇(ひき)の灯火は揺れ動く

しばし、蛙は幸せだった
この嘉日に、往き道を見付けたのだから
自然と躰が結ばれている、それが幸せと呼ばずになんと言うのか

腹の斑を仰向けて、一番美しく還って往く

ただ一つ、残念と思うのは
もはや腹は膨らまず、愛しいものを呼ぶこともない

蟇の灯火は揺れていた
還りを知って、抗うことなど考えようもない


bun★jac 2020.06.09


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