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海の生き物が魅せる“愛の流儀”とは?

Author:阿部秀樹(写真家)

【新たな試みの生態本】

2024年4月に発売された書籍『海の生き物が魅せる愛の流儀』。この本は海中生物38種の生態を究明・紹介した本である。
生態の本というと、研究対象としての参考書や一部の愛好者の本を思い浮かべるかもしれない。そして、その内容は論文に出てくるような専門用語の羅列であったり、学術的であったり、と頭に浮かぶのではないだろうか。
だが、この本はちょっと異色、日々繰り返される生態行動というノンフィクションではあるが、そのノンフィクションの中には物語があるように思える。つまり、「Love Story」として物語をとらえ、まったく新たな試みで生態を紹介した本である。

生態を追うものとして擬人化をすることは本質を見誤ったり余計な印象を与えたりと非常に危険なことではあると思っている。ただ一方で、私はこの小動物たちにもある種の感情は存在しているのではないかとも思っている。
その理由であるが、地球上の生命体は38億年前ころに海の中から誕生したと考えられている。その生命体はたった一つの細胞しか持たない微生物だった。約4億年前に生物は目覚ましい進化と発展を遂げて海中から陸上へと進出するようになったと考えられている。海の中の生き物も私たち人類も始まりは同じ生命体からである。生きる・死ぬ・次の世代に命をつなぐ、生命の原則は小動物も私たちも変わらないのではないか。多くの時間を水中で過ごし観察した中で、本能だけでは説明できない事例も見ることがある。今は解明されていないだけで小さな生き物にもある種の感情があるのかもしれない、この本からそれを感じてもらいたいと思っている。

倒れてまで守る愛〜カワハギより

【こだわりのポイント】

その1「事実の中のLove Story」

先にも触れたが、この本の最大の特徴はノンフィクションの中の「Love Story」。自然界の中で繰り広げられている求愛や産卵は実に多彩で、そのバリエーションには目を見張ることが多い、そして私たちと変わらないような愛情表現をするものも想像以上に多い。本書はその愛情表現をストーリー仕立てで紹介している。物語の内容は単に想像だけのものではなく、実際の行動に沿って物語を構成した。ダイバーはもちろんだが、海に潜ったことがないノンダイバーの方々にとっても小さな生き物たちの不思議な魅力を楽しんでもらえるのではないだろうか。

その2「テーマ曲」

この本では38種の生物を取り上げたが、1種ごとにテーマ曲を決めてそれを記載している。曲のタイトルがその生き物のイメージにあったものであったり、歌詞がその生き物を連想させるものであったり、曲が持つテンポがその生き物の様子であったりする。
求愛や産卵などのパターンは千差万別。終生の伴侶と暮らすも純愛そのものを貫く魚。他方、大ハレムを構築してそこに君臨するオスの話、略奪愛もあれば、ドロドロ・ひと騒動ありそうな愛憎劇まで取り上げた。そこに添えたのが各種ごとのテーマ曲である。ぜひテーマ曲を聴きながら本文を読み、写真を眺めて頂けたら、より物語に没頭してもらえるのではないかと思っている。テーマ曲は殆どが昭和を代表する和・洋楽であるので、ある程度の年齢の方は懐かしみ、若い世代の方々は新鮮に感じてもらえれば幸いだ。

その3「表紙と本文の写真」

恋人たちのハナキン〜ハナキンチャクフグより

この本において、撮影と写真の選定には長い時間を要した。撮影に10年間以上の時間を掛けたものもある。さらに撮影した数千枚にも及ぶ写真から数枚を選ぶという苦渋の選択を強いられたものも多い。
産卵の瞬間、いうなれば決定的瞬間の撮影には多くの時間を費やすことになるのだが、その写真だけではストーリーは完結しないのではないかと感じている。
決定的瞬間の写真は見るものに大きなインパクトを与える。ただ見方を変えればその写真が脳裏に残ってしまい、新たなイマジネーションを創ることが難しくなるのではないだろうかと考えた。
私たちのように瞼を持たない海中の生き物では、表情を捉えるのは難しい。ただ、一瞬見せるお互いの目線であったりちょっとした仕草であったりを捉え、その写真を掲載できるように注力した。
このような写真は一般的言う決定的写真ではないかもしれない。だが私はこの一瞬の表情や仕草を捉えた写真こそが「真の決定的瞬間」であると思っているし、その写真を数多く取り上げたことは文章、すなわちLove Storyと共にこの本の真骨頂であると感じている。

決定的瞬間の写真はそれで見るものに完結を見せる事実であるからまさに“写真”。一方、表情や仕草の姿はこの本を見る方々にクライマックスを想像させる力を持っていると思う。このストーリー性が垣間見える写真を感じてもらえれば撮影者冥利に尽きるのだがいかがであろうか。
同じようなことが表紙の図柄である。表紙には産卵の瞬間はあえて使わず、写真を元に絵画風に加工した。読者に現実を直感的に働きかける写真そのものを使うより、絵のようなあやふやな現実感が読み手の想像力を引き出せたらと思ったからだが……いかがであろうか。

【お勧めの使い方】

前述にある、種ごとのテーマ曲を聴きながら本文を読んでいただく、本文を読み終わったら次のカラーページを開き、その生物たちの真の姿や表情を見ていただき、本能だけで淡々と生きていると思われている小動物たちに何かを感じてもらえればこれに勝る喜びはない。
各本文最後のブロックに「観察できる海」「繁殖シーズン」そして撮影の手助けとなるように「撮影のコツ・難易度」など、その生物観察や撮影に役立つ情報を入れ、巻末にはどのような撮影機材が必要か、使い方などの撮影機材の話や心得なども入れたのでダイバーの方々には参考にしていただきたい。

ダイバーならば水中で、海に潜らないノンダイバーの方々ならば水族館で、海に棲む小動物たちがこんなにも多彩な戦略をもっていて、表情豊かに暮らしているのかと想像してその生きざまを感じていただければ、筆者としてこれに勝る喜びはない。


試しに読んでみたい方は、以下のサイトで「アマミホシゾラフグ」「ヒメタツ(タツノオトシゴの仲間)」「レンテンヤッコ」の興味深い恋愛模様が読めます。


Author Profile
阿部秀樹

1957年、神奈川県生まれ。22歳でダイビングを始め、数々の写真コンテストで入賞を果たした後、写真家として独立。国内外の研究者とも連携した水中生物の生態撮影は国際的にも高く評価されている。さらに浮遊生物、夜の海、魚食などをテーマに精力的に撮影。主な著書に『魚たちの繫殖ウォッチング』(誠文堂新光社)、『美しい海の浮遊生物図鑑』(文一総合出版)、第23回学校図書館出版賞を受賞した『和食のだしは海のめぐみ(昆布)(鰹節)(煮干)』(偕成社)など多数。


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