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身のまわりの身近な生きものに目を向けるきっかけを自然科学絵本で

 Author:高野丈(編集部)
 
ブンイチでは、絵本『鳥博士と天才カラス』(樋口広芳 作/おおたぐろまり 絵)を5月下旬に発売します。日本を代表する鳥類学者・樋口広芳博士と、横浜市の公園に現れた天才的なカラス、グミが物語の主役。グミは公園の水飲み場の水道の栓をみずからまわし、水を出して飲むことができるかしこいカラスで、小社既刊の『ニュースなカラス、観察奮闘記』(樋口広芳 著)でも紹介されています。樋口博士による実際の観察と研究をもとに物語化し、おおたぐろまりさんの、やわらかくてあたたかみのある描画によって、子どもから大人まで楽しめる自然科学絵本に仕立てました。
参照:奇妙な事件で世間を騒がす「ニュースなカラス」と向き合ってきた鳥類学者の、観察の物語

『鳥博士と天才カラス』樋口広芳 作/おおたぐろまり 絵(文一総合出版) 2022年5月25日発売
ある日、1羽のカラスに出会った鳥博士。それが、水飲み場でみずから水を出して、飲んだりあびたりすることができる天才的なカラス、グミでした。日本広しといえども、いや世界を見わたしても、みずから水を出せるカラ
スはそうそういません。博士はわくわくしながら観察を続けます。おどろくような技を見せるグミ。その天才ぶりにおどろく博士。そして観察を続けた博士を待っていたものは……。


樋口博士から出版企画の相談を受けたとき、直感的にイメージしたのが子ども向けの科学絵本でした。舞台は市街地の公園で、登場する生きものは誰でも知っているカラス。最果ての遠い国でも、深海の見たこともない生きものの話でもなく、とても身近な題材です。ところが出合ったカラスはただものではなく、博士の観察と研究によって、のちに世界を驚かせることになります。公園など身のまわりの環境でも、自然や生きものをよく観察することでいろいろな発見があることと、鳥博士の着眼点や調べ方をとくに子どもたちに伝えたいと考えていました。そういうわけで、『ニュースなカラス、観察奮闘記』に続いて絵本を出版する運びとなったのです。
 

印刷立ち会いのようす

 一連のカラス本編集の担当がきっかけで、私自身も身のまわりのカラスを観察する機会が増えました。とくに最近はゴミが荒らされないよう対策をしっかり行っているので、カラスたちはゴミに依存できなくなり、より自然な行動を見せてくれます。実際に私が観察した興味深い例を2つ紹介しましょう。
 
まずは少し前の寒い時期に観察したハシブトガラスのつがいの行動です。

彼らが何をしているかというと、冷え込みによって地面にできた霜柱を食べています。水場を探して移動するよりも、手っ取り早い水分補給になるのでしょう。驚いたのは、片方のカラスがもう一方のカラスにその霜柱を繰り返し与える行動。つがいのオスがメスに対して与えているように見えます。オスがメスに食べものをプレゼントする行動を求愛給餌(きゅうあいきゅうじ)といい、カワセミやシジュウカラなどいろいろな種類の鳥で見られます。つがいの絆を深めるための行動です。でも霜柱は食べものではなく氷ですし、メスは自分でも食べられます。給餌するのは栄養豊富でおいしい食べものでなくてもよく、大切なのはつがいの相手に対する気持ち、愛情の確認だということを示しており、じつに人間くさくて興味深い観察でした。給餌のときに、合図のように小さな声で鳴くコミュニケーションも気になります(雌雄どちらが鳴いているかをつかめていません)。

 次に、先日発見したハシボソガラスの行動。周囲が暗くなったころ、仕事帰りの人たちが公園の池を渡る橋に1羽のハシボソガラスがいました。(なにしてるんだろう……)私は観察を始めました。道行く人たちは私のことを(なにしてるんだろう……)と思ったに違いありませんが、挙動不審に思われてもまったく気にはしません。「自分だけの自然番組ライブ版」は、お金を出しても観ることのできない貴重な機会だからです。

池にかかる橋がライトアップされると、飛ぶ虫が寄ってきます。そこに目をつけた?オニグモが網を張ります。それに気づいたかしこいカラスが、網にかかった虫やクモを捕食するというわけです。都市部の人間活動が生み出した食物連鎖のひと幕というと大仰でしょうか。 

世の中が便利で効率的になればなるほど、気づける観察力、みずから考える能力が衰えているように感じます。五感を研ぎ澄まして身のまわりをよく観察し、気づき、調べ、発見する。自然観察は楽しみながら多くを学べ、人として生きる知恵と能力を身につけることができる活動です。この絵本をきっかけにして、無限の可能性はスマートフォンの中ではなく、身のまわりの現実世界にあるのだということを伝えられれば幸いです。樋口博士やおおたぐろまりさんのファンはもちろん、学校では学べないことを子どもに伝えたいという方におすすめしたい、自然科学絵本です。
 
Author Profile
高野丈(編集部)

文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑・一般書・児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家としても活動中。井の頭公園を中心に都内各地で自然観察会を開催。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。


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