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番外編 変形菌、空を飛ぶ

個人的に今年の流行語を挙げるとすれば、「空中リター」でしょう。
 
11月中旬に北本自然観察公園(埼玉県北本市)で開催された、日本変形菌研究会の秋季観察会。コロナ禍で中止が続いたため久しぶりの開催となった観察会は、調整に時間がかかったことで晩秋の開催となりました。里山のような林の多い環境とはいえ、平地でこんな時期に変形菌が見つかるのだろうかと半信半疑で現地へ。久々にお会いした先輩に「こんな時期に見つかるんですか」と尋ね、返ってきたのが「空中リターを狙え」という言葉でした。

観察会でお伺いした北本自然観察公園内の埼玉県自然学習センター

新たな宝探しの領域

リターとは、地表の植物遺体の堆積、つまり落ち葉や枯れ枝が積もった層のこと。変形菌観察では、落ち葉で見つかる種のことを「リターに発生する」などと表現します。私はリター=落ち葉だまりくらいに考えていましたので、空中のリターという言葉の意味がわかりませんでした。その後、クズやカラスウリなどつる植物の枯れたつるや枯れ葉に、変形菌が見つかるという説明を聞いて、ようやくイメージできました。なるほど、ほかの植物に巻きついて這い上がったつる植物が秋冬にそこで枯れれば、空中の枯れ草=リターになります。枯れ草にも分解する菌やバクテリアが必ずいるので、それを捕食する変形菌もいるというのは自然なこと。とはいえ、今まで見たことも聞いたこともない領域でした。

散歩で来ている人には、先輩が何をしているか理解不能だろう

先輩についていくと、いきなり枯れたクズの群落で変形菌を探し始めました。(こ、こんなところ、見たことないっしょ)わたしは驚きながらも、陰になっているところを凝視。5分ほど探していると、それらしいのが目に入りました。(カビかな)と思いつつ、ルーペで確認すると、これが当たり! 変形菌だったのです。クズの枯れたつるの上に子実体数個ほどの小さな発生。カタホコリ属 Didymiumのようでした。先輩もほどなくウツボホコリ属 Arcyriaを発見。難しいと思っていたこの時期の平地での変形菌観察でしたが、意外な手段であっさり見つけることができました。ふつう、宝探しでは下を見るのがほとんどで、上を見る機会はまれです。立ち枯れの木を確認するときは高い視線になりますが。
「これだと効率が悪いな。つる植物の傘の中に入って、空を背景にすれば見つかりやすくなるんだよ」というひと言を残して、先輩は遠くへ移動していきました。

わたしが空中リターで初めて見つけた変形菌。

正攻法で?探してみる

初めての空中リターでいきなり変形菌を見つけることができましたが、ふだんのように落ち葉や朽ち木では見つけられないのでしょうか。先行していた仲間に状況を聞くと、(時期的に)やはりなかなか見つからないとのこと。いい感じに朽ちた枯れ木が転がっていて湿り気もあり、いかにも「いそう」な感じでしたが、しばらく仲間と一緒に探しても見つかりませんでした。このところ、晴れの日が長く続いていたことも一因かもしれません。

「変形体がいました」。苦戦が続いているとき、仲間が橙色の変形体を発見。種はわかりませんが、こういう状況でもなんらかは見出せるのがベテランの実力です。そして変形体の近くには子実体が見つかることも少なくないので探してみましたが、このときは見つかりませんでした。フォトジェニックな子実体を見つけたいし、変形体の正体を知りたいということもありましたので残念な結果に。その後、あまり見込みがなさそうだということで、場所を変えることにしました。

ベテランが見つけた橙色の変形体

「空中」を探す

 ほかの倒木を見つけて探索する仲間たちから離れ、わたしは先輩が助言してくれた「中に入って外を見る」ことのできる場所を探しました。周囲を見回してわたしが目をつけたのは、高台にあった中高木。クズがマントのようにその木を覆い、冬枯れしていました。(ここだ!)と直感したわたしは、クズのマントの暗がりへ突入。そして中の暗がりから明るい外側を背景にして見て、子実体のシルエットを探しました。

クズのマントが象徴的に見えた

思ったよりもマントの内部は混んでいて、外界があまり見えない状態。これではうまく探せそうにないと思い、ふつうに外から探すことにしました。クズの枯れたつると葉を丹念に見ていきます。
 
「いた!」10分ほど探すと、つるの上に数個の子実体が見つかりました。ぱっと見の印象はモジホコリ属Physarum。さらにそう離れていない位置に、別の子実体の集まりが見つかりました。いずれも数個から十数個の子実体。空中リターではびっしり群生することはないのか、晴れの日が続いていて雨不足なので、リターの分解と変形菌の成長が今ひとつだったのか。生えている子実体はちょびっとだけ。微小なウツボホコリ類 Arcyriaも見つかりましたが、これなどは子実体2つでした。

植物の毛だか、子実体の柄だか、よくわからない場合も
こんなところにいるとは。。。

「空中リターがいいですよ!」わたしは仲間を呼んで、一緒に宝探ししました。仲間もいくつかの子実体を発見。「こんな位置、初めて探しましたよ」と感心していました。そうこうしているうちにいい時間になったので、野外観察を切り上げて屋内会場へ戻りました。

採集した標本を顕微鏡で観察、種同定を試みます

この日の参加者の収穫には、古くなったアカモジホコリ Physarum roseumや、秋に出るイトミフウセンホコリ Badhamia gracilisなど、朽ち木でも何種か見つかりました。でも、わたしの関心事は完全に空中リターでした。

つるを這い上がったのか

変形体はいつの時点でつるの上にいるのでしょう。土の中にいた変形体が、つるを這い上がったとは思えません。きっと空を飛んでいた胞子が、ある時点でつるの上で発芽し、粘菌アメーバになるのでしょう。変形体になって、秋に植物体が枯れていくときに発生するバクテリアを食べて、短期間に子実体を形成するといったことではないでしょうか。
きっとこういう芸当をしてのける種はある程度決まっていて、それらの種が食べる、空中リターを分解する菌やバクテリアもまた特定の種なのでしょう。

空中リターで見つかったヒメウツボホコリ Arcyria afroalpina

この地球上に循環しない生命はなく、ある生きものにはつながっている別の生きものが必ずいる。多様な環境の中で、ふだん注目しないような場所や位置にもそこをすみかとする生きものがいろいろいて、つながりあいがある。肉眼では見えないけれど、空中には無数の胞子が漂っている。その中には、地上に降りずに生活環をまわす種もいる。そんなところでしょうか。

空中リターで見られるのは、いわば空飛ぶ変形菌でありとても興味深いのですが、宝探しでチェックしなければならない場所がまた1つ増えてしまったことになります。まずは行きつけの公園にある「空中リター」、枯れたカラスウリのつるの確認から始めるとしますか。

Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。



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