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約400種も載っているハエの仲間オンリーの図鑑、ハエハンドブックとは

みなさん。突然ですが、「ハエ」の仲間のこと、どれくらい知っていますか?
「コバエのこと?」「ハエって何種類かしかいないんじゃないの?」という方もいるかもしれません。

それもそのはず、じつは虫好きの間でさえ「ハエの種類はわからない」「なかなか調べられない」という人もいるほど、身近でありながら意外と種類が見分けられていない虫なのです。

その理由の一つとして、ハエの仲間を調べるための手軽な書籍がなく、調べるとしても専門的な論文・文献、分厚く高額な生物図鑑といった、一般の人が手に入れにくいものに限られていました。

しかし! 安心してください。そんな日々ももう終わりです。

このたび、なんと403種のハエの仲間が載ったハンディ図鑑、『ハエハンドブック』が2024年5月に発売になりました。

表紙はキラキラ! 映えるハエのヒゲナガマガリホソアシナガバエ。

そこで、この記事では『ハエハンドブック』を編集・担当した文一総合出版編集部の今井悠が、ハエとはどんな生物なのか、そして『ハエハンドブック』を使った日々のハエの楽しみ方!?、そもそもどうしてハエオンリーの図鑑を企画するに至ったか? についてご紹介させていただきます。


ハエの仲間はとても種数が多い

さきほど「ハエハンドブックには403種のハエが載っている」と書きましたが、この種数は多いのでしょうか? 少ないでしょうか?

ハエの仲間(ハエ目:はえもく)全体としては、日本ではなんと7,600種以上が発見されています。この数は、コウチュウ目やチョウ目の仲間に次いで多いのですが、ハエ目はさらに1万種以上はわかっていない種がいるとされています。
そうなると、403/7,600種という数は発見されているハエ類に限っても十分の一にも満たないのですが、今までの手に入れやすい低価格帯の昆虫図鑑ではせいぜい数十種、多くて百数十種が載っているに留まっていました。また、標本写真(実際に生きたハエを見るときとは異なる姿勢・形になっている)が掲載されている場合も多かったのですが、ハエハンドブックでは全種を生きた自然な姿で撮影しているのが大きなポイントで、これによってぐっとハエの姿がとらえやすくなっています。

科ごとに代表的な種や特徴的な種を紹介し、白バック写真だけでなく、毛利聰氏(一部例外あり)による自然環境下での生態写真を各科の解説に掲載。どんな特徴がある仲間なのかを一目で感じることができます。
検索表・一覧ページの一部。全部で95科のハエたちを掲載! 
全ハエが標本ではなく生きている状態で撮影した写真なので、
実際に見つけたときのハエの姿と比較しやすい!

『ハエハンドブック』ではなるべく多くの科(か:目の次の大きな分類階層の単位)のハエ類を掲載しており、もしドンピシャの種類がいなくても「もしかしてこの科の仲間かな?」と、ヒントを得ることができます。

ハエの一番の特徴 平均棍(へいきんこん)を見よ!

そもそも、ハエの仲間には、いわゆる「イエバエ」、「ギンバエ」のようなザ・ハエの見た目をしたものの他に、虻(アブ)や蚊(カ)、ガガンボ、水回りに出現しがちなチョウバエやいわゆる「コバエ」と総称されているものなどが含まれます。

どこかで見たことあるかも? ハエの仲間たち(『ハエハンドブック』p.2より ※縮尺は実際のものではありません)

アブや一部のハエの仲間はハチに似ていることがあるのですが、そんなときに他の虫とハエとを簡単に見分けられる部位があります。それが平均棍(へいきんこん)です。他の多くの虫は翅が4枚ありますが、ハエは翅のうち2枚が平均棍に変化しており、平衡感覚を保つ器官だとされています。
ハエの一番の特徴はこの平均棍の有無であるといえます。

ジェーンアシワガガンボの平均棍(撮影:須黒達巳 『ハエハンドブック』p.34)

さらに、ハエの仲間は
・カに近い仲間(長角亜目:ちょうかくあもく)
・アブ、ハエの仲間(短角亜目:たんかくあもく)
というグループに大きく分かれており、『ハエハンドブック』では簡易的な検索表が掲載されているので、ざっくりとハエの分類体系について理解することができます。

検索表(『ハエハンドブック』p16-17)

(ハエ・アブ・カ・ガガンボなどの違いについては、熊澤さんこちらの記事もどうぞ! →これはハエ? アブ? 蚊? それとも…… 間違われやすいハエ類の見分け方

ハエの仲間は未知の種も多く、写真だけで「これはこの名前の種類です!」と断定することは危険なのですが、さきほど書いたようにハエハンドブックではできるだけ多くの科のハエを載せていることと、この検索表を使うことでざっくりとなんの仲間かを予想をつけることができます。

ハエの名は。 担当編集者がハエハンドブックを使ってみた!

では、実際にハエハンドブックを使ってみましょう!
※ハエを絵合わせだけで断定するのは危険……ではあるのですが、まずは写真を眺めたり調べたりして、なんの種類か推測して楽しむのは生きもの好きの醍醐味でもあります。身近にもいろんなハエがいるらしい、ということの一例としてご覧ください。

まずはこのハエ!

網戸にくっついていました。

網戸越しなのでちょっと見えにくいのですが、ちょっと太く見える脚があり、頭がかなり小さい。ハエっぽいけど、いわゆるイエバエやギンバエではなさそうです。
うーん? 私はどこかで見たような気がする……。ハッ!

表紙にいるコレだーっ! 奥付を確認すると、「セスジオドリバエの一種」とのこと。ハエハンドブックの該当ページを見てみると、オドリバエ科のなかに含まれており、見つけたハエにかなりフォルムが似ている気がします。

それにしても頭が小さいハエ!
さらなる検索をしたい場合は、巻末にある文献一覧で資料名を調べることができます。

かなり特徴的なハエだと思っていたので、身近にもいるらしいと知り、ちょっと嬉しくなります。

次のハエはこちら。

一見ハエっぽくありませんが、かといってハチでもないしカメムシっぽくもない……

このハエは息子の保育園の園庭の木で見つけたもの。ある時期(5月くらい)になると集団で空を飛んでいて、けっこうこちらにぶつかってくるので一体なんなのかと気になっていたんですよね……。
じつはこの種類も、ハエハンドブックを作成して紙面を何度も眺めるなかでなんとなく頭に入っていたケバエ科の種類がそれっぽい!と直感。改めてケバエのページを見てみると似た種類が載っていました。

私が見たものは胸や腹がオレンジっぽかったのですが、この種はかなり赤色です。

ここでハエハンドブックの一押しポイント。種ごとに写真の右上にグレーの色で原寸大シルエットも載せています。
実際に見たときの大きさと比較してもこの種に近い仲間のように思いましたが、「本種以外にも♀の胸部が赤くなる種がいる」と注意書きがあります。断定はできませんが、ケバエの仲間ではありそうです。

最後にこのハエ。

大きさは2~3mmといったところで、台所の周りを飛んでいたもの。ハエって捕獲するのが意外と難しい。そして撮影するのはもっと難しい! すぐ飛ぶので100均の透明窓つきのケースにとりあえず収めました。

うーん!? わからない……。
ハエハンドブックがなければ調べようともしなかったであろういわゆる「コバエ」ですが、そんなときのハエハンドブック。パラパラめくっていて見る限り、大きさやフォルム的にはタマバエ科のハエが近そうな気がするのですが、そもそもの画像が不鮮明で、触角の有無などもよく確認できません。

そんなときには、やはりハエを捕まえて「ハエの標本」を作ってみたり、写真をいろんな角度から撮っておいて、検索表からしっかりと調べるのがおすすめです。前半でご紹介したハエのグループ分けである
・カに近い仲間(長角亜目:ちょうかくあもく)
・アブ、ハエの仲間(短角亜目:たんかくあもく)
は、まず触角の節などから分けていくことができるので、実際のハエの標本があるとぐっと検索のしやすさが上がります。

ハエ目の検索(『ハエハンドブック』p.16-17)。標本のつくり方もハエハンドブックの冒頭に載っています!

ハエ探し/ハエ調べをしてみた感想
今までハエっぽいものが目に入っても「なんかハエ」くらいの認識しかしていませんでしたが、上記の3種(そのへんにいる種)でさえ全然違う姿だったので驚きましたし、自分で調べて名前がざっくりでもわかると嬉しいです! それに、なかなか野外に行けず生物観察に飢えている私にとっては探すまでもなく身近にいるのがいいところで、かなり手軽に発見&観察できる対象です。ハエを見かけたときに「あっ、あのハエかも」と思うことが増えて、日常の解像度が上がったなと感じています。


ということで、ここまで紹介してきた種類はほんの一部ですが、7,600種以上いるハエの仲間はとても書籍1冊には収まりきらないことは想像していただけるかと思います。

それでも、なぜ無謀ともいえるハエの図鑑を企画しようと思ったのでしょうか? 最後に少しだけ『ハエハンドブック』制作の経緯をお話します。

なぜ「ハエ」オンリーの書籍を企画しようと思ったのか

(以降、担当編集者の話で恐縮ですが、少しお付き合いください)
時を遡ること10年。当時大学院生だった私は、とある事情で「川辺で集めた虫をひたすらグループごとに分けていく」というアルバイトをしていました。このアルバイトでは、エタノール漬けになった瓶いっぱいの虫を、ハチの仲間、チョウの仲間……といったようにひたすらシャーレに入れて仲間分けしていきます。
しかし、当時虫ド素人だった私には、「ハチっぽいけどハエかもしれない」といった他の分類群の虫と見分けがつかない種類や、目(もく)の次の分類階層である科(か)レベルでもわからない種類がたくさんいました。

そんなときどうするか? まず頼るのは図鑑です。さてハエを図鑑で調べてみよう……と思った矢先、「あれ? ハエだけの図鑑って無い!」と気づきました。昆虫の本というのは、仮に全種が載っていなくても『◯◯ガイドブック』や『ハチハンドブック』といった本があるものですが、ことハエに関しては、無い! ネット上に少し文献はあったのですが、線画の検索表が難しくて、とても概観をつかめる感じではない。他の学生に話を聞いてもハエに詳しい人はおらず、『ハエハンドブック』があったらいいのに……と学生の私は思ったものでした。

やっぱりハエの図鑑が必要!

時は流れ、文一総合出版に就職し、書籍を作る難しさもわかってきた2019年。「やはりハエ目は種数が多すぎるので本格的な図鑑は難しいかもしれない。でも、ハンドブックシリーズならハエを調べる手がかりの1冊を作れるのでは……」、「今でさえハエの図鑑がない。となると、学生時代の私のようにハエを調べたいのに困っている人がいるに違いない」と思い、一念発起!

ハエの知識を普及している「知られざる双翅目のために」というサイトの管理人・熊澤辰徳さんと、ハエの白バック写真をたくさんSNSで公開されていた須黒達巳さんに著者になっていただき、ハエハンドブック制作はスタートしました。

さらに詳しい制作秘話は…… トークイベントのご案内

その後、当初の制作既刊予定の2年が5年になり、150種掲載の予定が400種と倍以上に増えたり、著者も編集者(私)も全員子育て真っ最中だったりといろいろとあったのですが……この記事も長くなってきたため、詳しい制作秘話は7月19日(金)のオンライントークイベントでお話します!

『ハエハンドブック』 刊行記念トーク ハエの仲間たちを語る!
日時 :2024年 7月 19 日(金) 19:00 〜 20:30

参加方法:Zoomウェビナーによるライブ配信
参加費:無料
定員:450人(先着順・無料)
主催:株式会社文一総合出版

講演者は文・解説を担当した、「知られざる双翅目のために」の管理人でもある熊澤辰徳さんと、撮影を担当した、『ハエトリグモハンドブック』の著者でもある須黒達巳さん。ハエとはどんな生き物なのか? ということはもちろん、ハエハンドブック制作の裏話と、すばやいハエを生きたままどうやって撮ったのか? という撮影秘話もご紹介します。

さらに! Xでの#タグ企画「ハエアート選手権」を開催します!

6/21(金)〜7/8(月)の間、X(旧Twitter)でハエの魅力を伝えるアート作品や写真を募集します! グランプリと著者賞の方には著者2名のサイン入りハエハンドブックをプレゼント! ぜひご応募ください。

・応募方法:ハエの魅力を伝えるアート作品や写真の投稿に『#ハエハンドブック』・『#ハエアート選手権』の2つの#(ハッシュ)タグをつけてポストしてください。

・賞:グランプリ、熊澤辰徳賞、須黒達巳賞の3つを選定します
・発表:7/19(金)のトークイベント内で受賞作を発表
・景品:著者2名のサイン入りハエハンドブック(1冊)。※受賞者には景品送付のためにご住所・氏名をDMで伺います。

ハエハンドブック商品詳細

著者:熊澤辰徳(解説) 、 須黒達巳 (写真) 
新書判 / 176ページ
ISBN 978-4-8299-8175-7 2024年5月31日発売
定価2,860円(本体2,600円+10%税)


紙・電子版ともに好評発売中!
お近くの書店、または文一総合出版ホームページに掲載のオンライン書店等からお求めください。

https://www.bun-ichi.co.jp/tabid/57/pdid/978-4-8299-8175-7/Default.aspx


おまけ:ページのどこかに……

じつは、ページのデザインにもヒミツが…
デザインにハエの特徴である平均棍が組み込まれています! どこかわかりますか?

どこかなどこかな…
ココーッ!

答え:ページ数の部分が平均棍になっています! blitzさんのデザインです!


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