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GO to 尾道


世の中が、『Go to トラベル』の音頭で、旅に出る。三波春夫が生きていれば、三波春夫に歌わせれば、もっと上手くいったはず。「Go to トラベルより給付金出した方が、遥かに効果があるよ。前回は借金を返すためだったけど、次は消費に使うから」と敦は、独り言のように言った。

「何言ってんの、安く行けるならせつかくだから、行こうよ。半額以下になのよ」と瑠璃子は、政府に甘んじるのでなく、強い意志でチャンスをものにすると意気込んでいる。キャリアウーマンのように、テキパキと敦のスマホを駆使して給付金申請の手続きをし、給付を貰った。実はスマホを瑠璃子も息子も持っていない。これは、強い意志を持ったわけじゃなく、単にお金が無いだけだ。

奇想天外な事をやってのけそうな敦だが、やってのけてしまうのは、瑠璃子であった。今回も、尾道と決めたのは敦であった。何となく、「言ったことがない場所がいい」と言った一言で決定した。

瑠璃子は、誰が見ても物静かな女性だ。行動派というより家派の方だ。いざ、何かを決する時の行動力とスピードが半端ない。こんかきも、敦のスマホを手に、尾道への最速で最安のツアーを見つけ、航空券、ホテルの予約と一瞬で決めた。敦は、はい、はいと赤ちゃんのように頷けばいいだけだった。

「このスマホに返事が来ているから、これを翳せば、チェックインできるよ」と敦の心配をよそに、自信満々に諭した。
「でも、心配だから、プリントアウトしていこうよ」
プリントアウトするには、パソコンを立ち上げてから、プリンターに繋がなければならない。スマホから直接のプリント出来たのが、壊れて使えなくなってしまった。パソコンは、スマホやiPadと違い、時間がかかるので、瑠璃子は鬼の首をとったかのように苛つく。確かに、遅い。


そんな瑠璃子でも、そそっかしいところもある。韓国の友達から結婚式招待された。敦と二人で成田空港を目指して、列車に乗っている最中、「私、凄っく大変な事をしちゃった。パスポート忘れた」当時住んでいた横浜へ戻った。とは言え、その日の便に乗れるわけでもなく、翌日にソウルに着くと言うドジっぷりを見せた。そんなところも敦は気に入っている。

京浜急行で、羽田空港まで一本で行ける。朝、八時半にタクシーを予約したので、機内に持ち込める大きさのスーツケースを一個持って乗り込んだ。ハートフルタクシーと言うマイナーなタクシーは、海老名駅構内に入れない。相鉄タクシーが独占的に使っているためだ。こんな所でも、格差社会の片鱗が見え隠れする。

子育て中の女性を積極的採用しているハートフルは、親切丁寧なサービスをモットーに乗客に人気がある。保育施設なども完備しているので、働きやすい職場だ。笑顔でいられる環境が客にも伝わる。客受けがよくても、社会の仕組みが、許さない。何か不合理な感じを敦でなく、乗客全員が同じ様に思っている。遠山の金さんがいたら、「御公儀より、追って極刑の沙汰があろう」と見栄を切られる所だが、大人の都合でそうはいかない。人気のある会社が、すぐに繁栄するとは限らない。だいいち、殆どの客が、存在すら知らない。それが現実だと敦は思った。

相模鉄道で横浜まで行き、京浜急行に乗り換えて羽田空港空港まで行く。普段は、リムジンバスで羽田まで直通で行っていた。「スーツケースが、足手纏いだよ」と敦。
「帰りは、宅配便で送ってしまおうよ。お土産と一緒に」

そんな会話をしながら、羽田空港第一ターミナルに着いた。着くと不思議とトイレに行きたくなるものだ。チェックインは、カウンターでなく、自動でQRコードをかざすだけで、プリント用紙が出てくる。そのようしは、オールマイティだ。搭乗のあらゆる場面で使うことになる。

時間があるので、空港の見学デッキに登った。どこに行くにも、デッキで飛行機を見るのが、習慣になっていた。駐機場には、JALとANAの二つの航空会社のマークが見えただけだった。エンジン音が、低音で響く。着陸してくる飛行機は、愉快そうに見える。離陸する飛行機は、重い体を無理やり持ち上げて歯を食いしばっているように見える。

「手荷物検査場は、何故か緊張する」
何も怪しいものを持っていないのに、身ぐるみ離されて、カゴに入れるからかもしれない。パソコンを外に出して、ポケットの中のスマホや財布も出して、ジャケットを脱げと指示された。

検査場を過ぎて、十番ゲートに向かった。 フライト時間も20分近くあるので、ゲートの隣りのカフェに立ち寄って、僅かな時間だが、ホットコーヒーをたのんだ。

「さあ、出発だ。夢の世界に」
「本当に夢を見ているみたい」
「新婚時代を思い出す」
まだ見ぬ、尾道を目指してJAL249便は厚い雲を突き抜けて、飛び立った。


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