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哀愁のバンカラスタイルと応援団


敦が高校時代は、まだバンカラスタイルが当然のように存在していた。三校と言われた時代だった。敦は1902年に設立された神奈川県立第三中学校で新制になって、神奈川県立厚木高等学校になった高校にいた。第一が希望ヶ丘高校、第二が小田原高校だった。伝統校だからこその古いしきたりや風習も多かった。バンカラスタイルは、特に応援団の生徒が好んでやっていた。敦は、蝋燭を塗った角帽のように学生帽を改造し、下駄を履いて登校してくる生徒たちに驚いてしまった。ヤンキーとは全く違うテイストを持った人たちだった。ウェブで調べれば、当時の写真が山のように登場する。高下駄を履くのは、応援をする時だけだが、床に油を敷いてあった最初の頃の校舎では下駄がよく似合っていたのは確かだった。敦がまだ入学したても頃の話で、3年生が主にやっていたが、敦が3年生になる頃には、校舎も鉄筋コンクリート建てになったこともあり、完全に消えてなくなっていた。

Wikipediaを調べていると『バンカラ(蛮殻、蛮カラ)とは、ハイカラ(西洋風の身なりや生活様式)をもじった語である。 明治期に、ハイカラに対するアンチテーゼとして粗野や野蛮を創出したもの。 一般的には言動などが荒々しいさま、またあえてそのように振る舞う人をいう。 夏目漱石の小説『彼岸過迄』(1912年発表)の一節にも登場する語である。』と書いてあった。もっと地方に行けば、明治時代と変わらないスタイルもあったようだ。

三校には、先輩も多く、2022年には創立120年を迎える。その分、卒業生も多い。笑ってしまうが、80歳90歳のOBも現役の応援団に参加しているくらい熱心に指導する。特に、夏の全国高等学校野球選手権大会の神奈川予選が応援団の桧舞台だ。1、2年生を集め、中庭で毎昼休み合同練習が行われた。一般学生は校歌はもちろん、応援歌やエールなどを毎日行う。ブラスバンドと野球部の学生は各々、練習に励んでいた。その当時は、野球はともかく、応援で賞を取るほどの実力があった。先輩OB、先生は、それに命を賭けていたので、ついつい気合が入り過ぎて、一般学生はやる気を無くしてしまう傾向にだった。

昼飯は早く食べなければならないなど規制が増えるから当たり前だ。楽しいはずの高校生活が地獄と化す夏休み前の練習だった。敦は野球部の部員だったので逃れて、昼休みは、野球場のグランド整備をのんびりしていた。実は、兄がいて、「応援団の練習が嫌だ」と言っていたのを覚えていて、「練習の無い野球部に入ればいい」と決心していた。野球部の練習と応援団の練習の厳しさを比べれば、野球部に決まっているのに、なぜかそう結論付けた。敦が入った野球部は、その年に限って、一級上の先輩にスラッガーの小島選手、県内屈指の豪速球の西野投手の二枚看板がいた年だった。あれよあれよとベスト8に入ってしまった。強豪ひしめく神奈川県大会で県立高校では、勝ち進んだ。快挙だった。奇跡に近い勝利に沸いた。

勝てば、応援団は、決戦の舞台、平和球場(現横浜スタジアム)まで付いてきた。平和球場のグランドは、プロ野球でも使われているので、広いだけでなく、すり鉢型で地面が丸く感じた。とにかく、本格的なグランドに立って練習するだけで、鳥肌がったってきた。「先輩のお陰で、ここまでこれた。ベンチ入りできた。思えば、野球をやったことのない私が、こんな名誉を授かっしまった。これを最後に止めよう。小島先輩や西野先輩に可愛がられたけど、素人の私では、無理だ」そう思った瞬間、退部することを決心した。同期は、何も言わなかった。黒田部長は、「あっそう」と呆気なく承諾した。

野球部と応援団、どちらにも縁がある。懐かしい青春時代の一幕が昨日のように蘇ってきた。いい加減な人生だが、野球部と応援団があっての高校時代であったと敦は思った。バンカラスタイルを実際に見た体験者でもある。水島新司の「ドアベン」に登場するキャクターのようなコテコテの感覚があった。「巨人、大鵬、卵焼き」を言われた時代だった。野球、大相撲、食べ物は、日本人が大好きな人気アイテムだった。それは、テレビ時代の象徴でもあった。知らず知らずに脳に焼きついた野球を実際に味わった。バンカラは味わうことはなかったが、60年以上続いた昭和の折り返し時期だったように思う。まだ、政治の世界では、70代80代のオンボロ政治家が生き残っている。それが滑稽でならない。まるで、お笑いの世界そのものように見える。日本の明日はあるのだろうか。どの分野でも年寄りが邪魔をする。そんな世の中、直さなければ、と敦は思う。バンカラでもなく、ただ長生きしているだけの老人が日本をダメにしている。怒りが込み上げている敦に、「あなたに関係ないよ。楽しく生きればいいよ。クズ人間のことを考える無駄な時間が、もったいないよ」と瑠璃子が笑った。

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