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M-1に出場



M-1グランプリは、ホームページから、素人でも簡単にエントリーができた数少ない漫才専門のコンクールだ。

福田源太と宮本剛は、エントリーをした結果、ホールページに9月5日、電力館(TEPCOホール)とエントリーされていた。ネタも決まらず、冗談のつもりで出したものだから、焦ったのは源太であった。

そんな状態で、当日が来た。源太と剛は親子だったが、コンビ名を『ぶらぶらブラザーズ』と敢えて付けて出場した。

会場に入ると、エントリー料金の支払いと同時に番号が書かれたシールがもらえる。『843』だった。シールををシャツに貼り、楽屋のような部屋に入った。

素人とプロが入り乱れた中で、緊張が走ると思ったが、練習もカラオケで一時間ほどした程度だから、する訳が無かった。むしろ、緊張感が伝わる程、参加者の多くが、この一回戦にかけて来ていた。プロの親子、男女コンビ、男のコンビなどの中に、唯一、冷静沈着なドブロックがいた。本物のグランプリだと認識できた瞬間だ。

それほど、無名でこれに賭けているコンビばかりだ。
「ねた、ネタ覚えた」と源太が剛に念を押した、
「あゝ」
剛のおぼつかない返答に、不安がよぎった。

『843番、ぶらぶらブラザーズ』とカン高い声のアナウスがあった。いよいよステージ。
会場にいた家族の姿も見えた。審査員席も見えた。なにより、ふざけた格好の剛の登場で、大爆笑された。

バーゲンで買ったボールスミスの派手な花柄プリントのシャツに、丈が短めのジーンズ、床を汚さないように気を使って履いてきた新品のデザートブーツ。これは、貰い物だ。

シャツは、太ったお腹にボタンをひとつだけ留めた。これが、大爆笑だった。専門用語の『出落ち』と言うやつだ。

期待値が上がった会場で、喋ったのは、源太だけ。しかも、出会い系サイトで出会ったはいいが、姪っ子だったという話。剛は、ボケる訳でもなく、「あっそう」としか言わない。いや、何も言わなかった。

三分間もらった演技時間も、早々に切り上げて退場する始末。結果は、落選。当たり前だが、完敗で、むしろ爽やかだった。思い出作りの出場みたいなものだ。カラフルなミニスカートにオフショルダーのカットソー姿のギャルとピンクとブルーの配色のコーデが爽やかな男の子のコンビは、エレベーターホールから階段を使って降りて行った。
「どうでした」
剛が聞いた。
「受かりました」
笑顔で返って来た。不思議なもので、番号シールをつけているだけで、仲間意識が生まれる。

何もしていない剛が、楽しそうにしている。
源太は、元妻と間に出来た剛の息子である。既に離婚して十年以上の月日がたっている。

源太も剛に対して、憎しみはあるだろうが、それを上回る親子の絆が勝っていると信じている。複雑な想いがある。縁を断つ意味が無いので、笑いながら付き合っている。ある面、バカにしながらも。

漫才を通じて、コンビと言う間柄を考えさせられた。他人でありながら、親兄弟より深い付き合い方が必要なコンビ。

本当の親子のコンビは、もっともっと深刻になりそうだ。分かるからこそ、辛くなる。笑えなくなる。そこに限界を感じてしまう。

M-1に出場して本当に良かったと思う。参加する事に意味がある。勇気を持って、参加すべきだ。そうすれば、笑いが取れる。笑う角には、福来たる。笑いは軽く、人生も軽く生きる。
そんなことかなと剛は思った。



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