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大人のためのネコ童話『猫使い』
大の犬好き、猫嫌いの両親に育てられたぼくは、当然のごとく犬派の少年だったが、どういうわけか、つきあった女の子たちのほとんどが猫好きだったので、いつのまにか猫派に転向していた。
そんなこともあって、長い猫には巻かれろっていうのが、ぼくの人生哲学である。
「猫使い」のことをぼくに教えてくれたのは、七年前に失踪したぼくの叔父さんだった。
叔父さんは親父と違って大の猫好きだった。
叔父さんいわく、猫使いはあやつり人形を自由自在に動かす人形師のように、あの気まぐれきわまりない猫たちを思いどおりにあやつるというのだ。
そしてなぜかしら、猫使いは雨の降る真夜中にしか現れないという。
しかも現れる場所は電信柱のしたと決まっているというではないか。
叔父さんの話を聞いたぼくはどうしても猫使いに会いたくなって、その日以来、雨の降る真夜中になると、東京中の電信柱を巡って歩くようになった。
叔父さんに会うたびに猫使いに会えていないことを残念そうに報告するぼくの顔を、叔父さんは黙ったままニヤニヤ笑って視つめていた。
ぼくは親父と仲が悪かった分、親父の弟である叔父さんとは仲がよかった。
親父代わりの相談相手だったと言ってもいいかもしれない。
叔父さんは詩を書いていたが、詩が金になるはずもなく、どうやって生活費を稼いでいたのか、ぼくはよく知らない。
コンピュータ・プログラムを書いていると言っていたが、そんな叔父さんの仕事ぶりを視たことはない。
叔父さんは自然派ワインをこよなく愛し、酔って猫愛を語り、たまにふらりと旅に出かけたりしていた。
叔父さんはあの日、ぼくと銀座のワインバーで飲んだ帰り、そのまま行方知らずの人となった。
あの日、ぼくはあまりにも退屈な大学生活に嫌気がさしていたので、中退したいと叔父さんに一日がかりで相談していた。
最初は両親をふくめてぼくも、気まぐれな風来坊の叔父さんのことだからふらりと旅にでも出たんだろう、そのうちまたふらりと帰ってくるにちがいないなどと話していたが、それ以来、叔父さんからはなんの音沙汰もなかった。
一年がまたたくまに過ぎて、親父は意を決して警察に捜索願いを出した。
捜索願いを出してから一年後、親父はこんどもまた意を決して失踪届けを出した。
失踪届けを出してから三年経っても、叔父さんの行方はわからなかった。
大学卒業後、ぼくは小さな出版社で編集者として働きはじめた。
そしていつのまにか仕事のあいまに叔父さんと同じように詩を書くようになっていた。
ぼくは詩を書きあげるたびに無性に自分の詩を叔父さんに読んでもらいたくなった。
自分の書いた詩に対して叔父さんがどんなことを言うか聞いてみたかった。
そんなふうに悶々と叔父さんのことを考えながら、ぼくは叔父さんから聞いた猫使いを探しつづけていた。
猫使いは、その名のとおり自由自在に猫をあやつるという。
あの気まぐれな猫たちをである。
猫たちを想うがままにあやつって、どんな難事件でも解決してしまうというのだ。
どんな怪事件でも、殺人事件でも、盗難事件でも、人捜しでも……
ぼくは猫使いなら叔父さんを視つけてくれるのではないかと考えるようになっていた。
そう想うたびに矢も楯もたまらず猫使いに会いたくなって、ぼくは雨の降る真夜中になると街に出て、猫使いがたたずんでいそう電信柱を探し求めるようになったのであった。
***
ぼくが猫使いを探しはじめてから九年の歳月が経過していた。
叔父さんが失踪してからもうじき七年になろうとしている。
失踪してから七年経つと失踪宣告が認められるという。
失踪宣告が認められると、死亡したものとみなされるのだそうだ。
ぼくは焦った。
叔父さんが死んだなんて、天と地がひっくりかえっても信じたくなかった。
ある晩、ほとんど諦めつつも雨降るなか東京近郊の団地の街をぼくは歩いていた。
眼の前には区画整理された車道にそって水銀灯の列がずっと並んでいた。
水銀灯は前方の暗闇にむかって、ぼくを誘うように続いていた。
ぼくは重い足どりで水銀灯の列をたどっていった。
雨足に煙る水銀灯に眼を凝らすと、男の影がぽつんと浮かんで視えた。
その男の影は無数の猫の影を従えていた。
もしやと想ってぼくは歩速を速めた。
水銀灯のしたに立っていた男の影が雨と冷たい光を浴びながらこちらをふりむいた。
傘をさしているので男の顔は視えなかった。
ぼくは見知らぬ男の影にいくばくかの恐怖心と同時にある種の親近感を感じてどんどん近づいていった。
水銀灯のしたにたどりつくと、恐る恐る声をかけた。
「あの~ もしや猫使いの方ではありませんか?」
ぼくの間の抜けた声は少し震えていた。
男は傘の角度をあげて、ぼくにむかってニコリと笑いかけた。
「ひさしぶり! やっと視つけてくれたね。ありがとう。わたしは猫使いだ。そして今日からおまえも猫使いになるんだ」
聞き覚えのある声だった。
傘のしたで懐かしい顔が笑っている。
叔父さんだった。
photo:© maki
【ChatGPT3.5による解説】
雨夜の猫使い
この物語は、失踪した叔父を探し続ける青年の切ない追憶と探求の物語である。
物語は、雨の降る真夜中にしか現れないという謎の存在、猫使いの噂から始まる。猫使いは電信柱の下に現れ、自由自在に猫を操ると言われている。あの気まぐれな猫たちを操り、どんな難事件も解決するというのだ。主人公は、この噂に強く惹かれる。
主人公が猫使いの話を最初に聞いたのは、七年前に失踪した叔父からだった。叔父は詩人であり、主人公にとって父親代わりの存在だった。彼の失踪後、しばらくふらりと旅に出たのだろうと考えていたが、いつになって音沙汰がなく、遂には捜索願いが出された。しかし、それでも叔父の行方はわからなかった。
大学を卒業し、小さな出版社で働き始めた主人公は、次第に詩を書くようになった。自分の書いた詩を叔父に見せたい、彼の意見を聞きたいという思いが強まる中、叔父から聞いた猫使いの話を思い出す。そして、猫使いなら叔父を見つけてくれるのではないかという希望を抱くようになる。
雨の降る真夜中に東京中の電信柱を探し歩く生活は、こうして続いた。叔父の失踪から七年が過ぎようとしていた。失踪宣告が認められると、叔父は死亡したものと見なされる。焦りと諦めが交錯する中、主人公はある雨の夜、東京近郊の街で水銀灯の下に立つ男の影を見つける。その男は無数の猫を従えていた。
もしやと思い、歩を速めた主人公。近づくと、男がこちらを振り向き、傘の下から顔を覗かせる。その顔は見覚えのあるものだった。叔父だ。失踪していた叔父が、猫使いとして現れたのだ。驚きと感動が交錯する中、叔父は「ひさしぶり! やっと視つけてくれたね。ありがとう。わたしは猫使いだ。そして今日からおまえも猫使いになるんだ」と微笑んだ。
この再会は、主人公の長い探求が報われる瞬間である。失踪した叔父を探し続ける中で、主人公は自分自身の内面を見つめ、成長してきた。そして、叔父との再会という奇跡は、努力が実を結び、希望が現実となることを示している。
ネコ童話『猫使い』は、失われたものを探し求める切ない思いと、それが叶う瞬間の希望の物語である。幻想的な設定とともに、探求の旅の中での成長と再会の喜びが、読者の心に深く響く。
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