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大人のためのネコ童話『星になった猫』

本当なんだ!

殺す気なんてまったくなかった。

まさか死んでしまうとは夢にも想ってなかったんだよ。

烏骨鶏 (うこっけい) のピーちゃんは、ボクの憧れの星だった。

くちばし以外は全身フサフサの真っ白で、王冠のようなトサカのぴーちゃんにひと眼惚れしたボクは、いつも星を眺めるように遠くから見守りながら、一度でいいから彼女と一緒に遊びたいと願っていた。

あの日、ピーちゃんは珍しく芝生の庭で気持ちよさそうに日光浴をしていた。

だからボクも一緒に日光浴しようと想っただけなんだよ。

          ***

ピーちゃんのそばへ行ったら、うっとりするような優しい微笑みを浮かべてくれた。

舞いあがったボクは彼女と一緒に踊りたくなってしまった。

彼女の両手 (両翼) をとって無我夢中で踊った。

気がついたらピーちゃんは眼を閉じて動かなくなっていた。

ボクがいくら彼女の名前を呼んでも返事してくれなかった。

          ***

「このノラ猫め~!!」

両眼から涙を滝のように流した少年がボクを追いかけてきた。

気が動転してしまったボクは飛ぶように逃げた。

少年は烏骨鶏のピーちゃんを抱きしめて大泣きしていた。

刻が経つにつれ、自分がしてしまったことの重大さに気がついた。

ボクは憧れの星だったピーちゃんを自分の手で殺してしまった……

          ***

少年のことが気になって彼の部屋をのぞきに行くと、机のうえに両ひじをついたまま頭をかかえていた。

開かれたノートのうえに涙の染みができていた。

ずっと視ているうちに胸が苦しくなってきて、ボクはサラサラと流れる川にかけられた橋のたもとに向かった。

橋の真んなかに座って川を見おろしていると、しだいに気持ちが落ちついてきた。

でも、心の奥のほうで黒い闇が激しく波打っていた。

          ***

毎晩、少年の部屋をのぞきに行くことが日課になっていた。

ある日の真夜中、少年の部屋の明かりがまだ点いていたので気になって、のぞきに行ったらリストカットしている最中だった。

カッターナイフで自分の手首にいく筋も傷をつけていた。

少年は安堵と哀しみの入り混じった複雑な表情をしていた。

開かれたノートのうえに紅い花がいくつも咲いていた。

いたたまれなくなったボクはいつものように川に行った。

橋のうえから星空を見あげると、結ばれた星々が猫のように視えた。

夜の川が優しい声でボクを呼んでいた。

こっちへおいで。

こっちへおいで……と。

ボクは川に飛びこんだ。

          ***

白い光が満ちあふれる部屋で目醒めると、少年が机にむかって本を読んでいた。

少年は左の手首に白い包帯を巻いていた。

ボクが少年に声をかけても聞こえないようだった。

ボクは机に飛び乗って少年が読んでいる本をのぞきこんだ。

背表紙には『宮沢賢治童話集』と書いてあった。

少年が読んでいるページは『よだかの星』だった。

ふと気がつくと少年はカッターナイフを手にしていた。

包帯を解いて手首の傷跡をなぞるようにカッターナイフをあてていた。

ボクは思わず声を出してカッターナイフをはたき落とした。

少年は不思議そうな顔をして床に落ちたカッターナイフを拾った。

少年にはボクの姿が見えないようだった。

その夜、ボクは少年がカッターナイフを手首にあてるたびにはたき落とした。

何度でもはたき落とした。

少年は首をかしげながらカッターナイフを拾っていたが、そのうち眠くなったのかベッドに体を放りだすようにして寝てしまった。

          ***

ユ~レイさんは人さし指を唇にあてて「シーッ」って言ったけど、ボクはべつに驚いたわけではないし、声を出そうともしていなかった。

ただユ~レイさんが今までボクが視た幽霊とは全然イメージが違っていたので呆れていただけだ。

ユ~レイさんは星の姿をしていた。

          ***

幽霊なんて別に珍しくもなんともない。

もともと猫って動物は、犬と違って誰でも幽霊が視えるんだ。

どういうわけだか犬には幽霊が視えないらしい。

幽霊と猫は、ことのほか相性がいいのだ。

だからボクは今まで何度も幽霊を目撃したことがある。

ただし、ボクが目撃した幽霊は、いつも人間の姿をしていた。

星の姿をした幽霊に遭ったのは初めてだった。

          ***

で、星のユ~レイさんが、なんだってここにいるんだ?

ボクが話しかけようとすると、決まって「シーッ」と言うだけ。

あの夜以来、ボクはできるかぎり少年のそばにいるようにしていた。

彼がカッターナイフを手にするたびにはたき落としていた。

少年はボクの存在にはまったく気がついていないようだった。

ボクのすぐ後ろの立っている星のユ~レイさんにも……

          ***

その夜、少年は窓ぎわに立って、いつまでも夜空を見あげていた。

星がキラキラと輝いていた。

少年は大きくため息をついて机の椅子に腰かけた。

そろそろカッターナイフを取りだすかなと想って少年を見守っていたら、おもむろにノートを広げて何か書きはじめた。

どうやらピーちゃんのことを書いているらしい。

          ***

「ピーちゃんを守ってあげることができなくて、ごめん。

僕は悲しい。

ピーちゃんは僕の心のささえだった。

ピーちゃんがいなくなって、僕は生きるはりあいが無くなってしまった。

夜空を見あげたら、星々が首飾りのようにつながってピーちゃんの姿に視えた。

ピーちゃんは星になったんだね」

          ***

かたわらにたたずんでいた星のユ~レイさんが泣いている。

声を出さず、ひたすら静かな涙を流している。

ボクも涙が出てきた。

そのとき竜巻のような光の渦が巻きあがって、ボクはあっというまに夜空に吸いあげられてしまった。

気がつくと、星のユ~レイさんと肩をならべて、天高い星空から少年の部屋を見おろしていた。

星つぶのように小さくなった少年がこちらを見て笑ったような気がした。

絵:猫座 by Alexander Jamieson, 1822

【ChatGPT3.5による解説】

心の旅と星の輝きと

「星になった猫」は、冬月剣太郎のデリケートな筆によって描かれた感動的な短編である。この物語は、猫と少年の出会いと別れ、そして奇跡的な再会を通じて、人間の複雑な心の機微を探求している。

冬月剣太郎は、物語を通じて読者に猫の視点から物事を見ることを促している。猫である主人公は、自分の過ちと向き合い、少年への愛情を示すために星の力を借りて幽霊として現れる。この幽霊の姿は、作者が猫に与えた人間的な特性や感情の表れとして読み取れる。

物語の中で登場する少年は、苦悩と内省の過程を経て成長していく。彼の心の葛藤は、星のユーレイさんや主人公の猫を通じて象徴的に表現されている。少年がカッターナイフを手に取るシーンやリストカットの描写は、彼の心の闇と孤独を浮き彫りにしている。そして、主人公の猫は、少年が手首にカッターナイフを当てる行為に立ち向かう。この対比は、心の奥底にある闇と光の永遠の闘いを象徴している。

物語の最後に、ピーちゃんが星の姿になって再び少年の前に現れる場面は、感動と奇跡の瞬間である。ピーちゃんが星空の中に浮かぶ中、少年の心に新たな希望と喜びが芽生える。そして、彼のノートに残されたメッセージは、愛と絆が時空を超えて永遠に続くことを示唆している。

「星になった猫」は、人間の複雑な感情や人生の喜びと苦しみを猫を通じて表現した作品である。冬月剣太郎の繊細な筆致と物語の奥深いテーマは、読者の心に深い感動と考察を呼び起こすことだろう。

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