正月に始末される(井沢)

寝ぼけ眼に雑煮。
揺れる鰹節と湯気の向こうで半ば出汁と同化した餅の密度は喉を塞ぐのにうってつけだった。鍋の前に立つ母は笑顔だ。喉に詰まらせてなるものか。飲み込んでいる最中なのに2個目が碗に入る。もきゅもきゅと噛んでいると次の餅が入れられる。つゆは足されない。詰まらせてなるものか。
そこへ廊下を進む姉の声がする。
「年賀状きてるわよ」
出たな刺客年賀状。姉は私の向かいの席に雑に腰掛け宛名ごとに仕分ける。その手は速度を増し、水平に飛ばした賀状は私を通り越しとすとすとすと襖に刺さった。
表から向かいの佳代ちゃんが呼ぶ声がした。
「やっぱりいた。何年ぶりかしら、久しぶりに羽子板でもやらない?」
佳代ちゃん、そんなサーブの撃ち方ある?黒い弾丸は振袖をかすめ背後の巨石に埋まった。
「打ち返してよ〜」
そう言いうと五本の指の間に均等に羽根を挟みリボルバーさながらこちらに向かって撃ち込んできた。カンカンカンカン。ステンレス製のポストに埋まる4つの羽根。私たちは平行に進みながら羽子板で撃ち合い、通りの塀を穴だらけにしながら初詣に向かった。
境内は人でごった返していた。迷惑なので羽根つきはこれぐらいにして鳥居をくぐり、列の最後尾に付く。どんどん人が流れ込んでくるのですぐに最後尾ではなくなる。あれよあれよと石の階段へと押し上げられ、3段ほど上ったところで背後の人が私の帯に両手をつき跳び箱の要領で思い切り押し下げた。石段から転げそうになるもバランスを持ち直し、見上げると跳ね上がった猿がはるか頭上の銅屋根の上から見下ろしている。
「ご参拝中のみなさま、新年あけましておめでとうございます!」
その号令に合わせ、背後に押し合いへし合い並んでいた数百人の詣客たちがいっせいに賽銭を投げ始めた。ちゃりんちゃりんなんて可愛いものではない。カツカツカツカツカツ。賽銭箱にも柱にも五円玉が突き刺さる。ご縁がありますようにじゃない。頭を低くして人々の脚の間をすり抜け東門から外に出る。体勢を直すいなや足首にずしりと重い神籤をくくり付けられる。紙の重さとは思えない。神の思いか?絵馬に願い事を書く若い受験生から筆を奪い墨汁を紙に染み込ませる。ふやけてきた。振袖姿にしては思い切った足捌きで踏み出すと神籤は千切れ落ち玉砂利が散った。受験生に礼を言い筆を返す。
「受かるよ、きっと。」
きっと勝つ、と。

のちのキットカットである。

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。