ハリモグラは実在するか(puzzzle)

 そんなもの存在しないのではないかと訝っている。ヤマアラシってハリネズミのデカいやつよね。ハリモグラというのは本当に実在するのかね。なんとなく響きが近いから、そんな生物がいると思い込んでいるだけではないか。
「なあ」
「なんだよ」
 なんだかあいつは機嫌が悪そうだ。ハリモグラを話題にするタイミングではない。時折なんだか気になるんだよ。スマホで検索すれば今時すぐに答えが見つかるだろう。それでも調べる気がしないのは、どこか簡単に答えを出したくないという思いがあるから。俺だけの未確認生物。案外同じ思いを抱えているヒトは多いのではないか。ハリネズミの存在は確信している。SEGAのお陰様でヘッジホッグなんて英名も知っている。最近ではハリネズミカフェなんてものもあるらしいじゃないか。HARRYだって。それならばハリモグラカフェだってHARRYじゃない。張り子の虎だって。
「なあ」
「なんなんだよ」
 相変わらずあいつは機嫌が悪そうだ。それでも「なんなんだよ」とまで言われたら、かえって黙ってはいられない。
「おまえ、ハリモグラって見たことあるか?」
「ねえよ」
 ちょっと聞き方を間違えた。ハリネズミだって多くの人間は生で見たことがないだろう。HARRYに行くような輩を除いて。
「単孔目な」
「は?」
 突然あいつから飛び出した単語に戸惑う。聞いたこともない言葉だった。
「哺乳類の一目だよ。単孔目にはハリモグラ科とカモノハシ科の二科しかない。ハリモグラはカモノハシに近いわけだ」
 驚いた。何に驚いているのかいまいち整理がつかないほどだ。カモノハシと言えば、靴ベラみらいな嘴を持った川を泳いでいる哺乳類ではなかったか。ダムをつくるのはビーバーだったか。
「そうだ。カモノハシって哺乳類のくせに卵産むんだよな?」
「よく知ってるじゃないか。ハリモグラも同じだ。あいつらは哺乳類と言いながら卵を産む。そして乳首がない」
 よく知ってるじゃないか。とはこっちが言いたい。なんで、あいつはこんなにもハリモグラに詳しいのか。
「なに目だって?」
「単孔目だよ。糞と小便を同じ孔から出す。鳥みたいなもんだ」
 卵を産んで、乳首もない、ほとんど鳥ではないか。土竜と鳥なんて住む世界がまるで違う。俺の脳裡に浮かんでいるクリーチャーはいったい何者なんだ。はじめはハリネズミと変わらないヴィジュアルだった。それが今では顔の真ん中に靴ベラがあり、涙しながら卵を産み落としている。背中からは羽が生えてきそうだ。
「ちなみに英名ではエキドナっていうんだよ。ギリシャ神話に出てくる上半身は女で下半身は蛇の怪物だ」
「もうやめてくれっ」
 声が上擦った。
 そもそもあいつは何のために俺のアパートを訪ねてきたのだ。
「10年ぶりだよな」
 突然、俺を訪ねてきたその訳は。
「そんなに経つか?」
 まずはそいつを確認すべきだった。
「なあ」
「なんだよ」
 なんだかあいつは機嫌が悪そうだ。そいつを聞き出すタイミングではないようだ。ただ聞けばいい。それでも聞く気がしないのは、どこか答えを出したくないという思いがあるから。
「寝るか」
「なんなんだよ」
 畳に掛け布団を一枚放り投げて、俺は自分のベットに倒れ込んだ。そして、朝を迎えても怪物に魘される羽目になるだろう。あいつが黙ってここを出ていくまで、俺は寝たふりを続けなければならないのだ。

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