四諸茶々村拾遺(インターネットウミウシ)

 その日は四諸茶々(しもろちゃっちゃ)の辺りで長雨が続いておったで、すぐ隣の五諸茶々(ごもろちゃっちゃ)の畑の様子を見に行こう思いまして、独りで山ァ行きました。
 四諸の人らは、五諸の者とは仲悪うしとりました。むしろ二諸茶々(にもろちゃっちゃ)の者たちと仲良うしとったんです。でもどうしても五諸の畑が気になってしまいまして。しかも二諸の子供が五諸との村境の亀様(亀神様)の石を蹴倒した言う話聞きまして。そいつァいかん。亀様はこの辺りの神様の使いじゃ言われとります。謝らにゃいかん思いました。
 畑に着いたのは昼前でした。その帰り道にぬかるみに足取られちまって、一寸斜面に滑り落ちたんです。雨音で叫んでも声は聞こえん。もう駄目だ思いました。
 したら、下の方から体全部が黒い色のぬめっとした者が出てきよりました。最初は河童じゃ思いました。河童にしては背に黒い甲羅みてえなもん背負うとる。もしかしたら亀様かもしれん思いました。でもその後、雷が鳴ってもうて、すぐに気ィ失うたんです。雷が苦手なもんで。
 起きたら山道におりました。もうすっかり夜で、雨は止んでおりました。足元に小さな箱と小石の入った泥水みたいなもんが置かれとりました。小箱を開けたら中には飯が入っておったです。焼いた卵が乗って、妙な臭いの、そぼろみてえな挽き肉がかかっておりました。亀神様から「食べろ食べねど死ぬど」言われとる思いました。怖いと思いながらも一口食べてみたらあまりの美味さにびっくりしました。あんな美味いもん後にも先にも食ったことねェ。泥水は甘い味がしおって、中の小石も餅みてぇで美味かったとです。
 亀様の施しのおかげで、山を降りることができました。道に迷いそうになったところで雷が光りまして、また気ィ失いそうになったんですけど、その光でようやく村が見えました。おっかなびっくり山から降りたら二諸と五諸のみんなが待っとりました。「よく生きとったな」とみんな泣いて迎えてくれました。それから亀様の話をしたら、「ちゃんと祀らにゃいけん」いう話になって、翌日山ァ行ったら亀様の前の木々が倒れとつたとです。まるでここに建てなさいと言われとるようでした。それから四諸と二諸と五諸の皆で亀神神社を作ったとです。
幌呂垣邸造・ほか編(1920)『四諸茶々村拾遺 〇七四』より


 ほら、あの時期だったじゃないですか。家にいなきゃいけなくて、在宅勤務も2か月くらい経った辺りだから身体も全然動かせてなくて。これじゃヤバいなぁって思ったんです。健康維持と、あとは小遣い稼ぎで始めました。自転車は持ってたんです。ロードバイク。ホームセンターで、3万8000円。んで、あとあの四角いリュック!Amazonで4000円で売ってんすよ。あれ買うとやっぱ気合い入りますね。
 映画村から注文が入ったのは夕方くらいで、店でガパオライスとタピオカミルクティーを受け取りました。店長さんが、最近不謹慎系のYouTuberがこの辺りのお墓や神社に悪さして動画をあげてるって愚痴言ってました。なんか墓石やお地蔵さん倒したり、あと県外ナンバーみつけたら空気抜いたりもするって言ってて、自転車はスルーされるだろうけど一応気を付けろって言われて。なんかこえーって思いました。(中略)目的地の映画村って近所の山越えるけど、まあかかっても20分くらいなんすよ。んで、映画村の前のトンネルに入ったらなんかすっげえ暗くて。蛍光灯もバチバチに点滅してて、全然前見えねえんすよ。マジしっかりしろよ道路公団って思いましたね。それでトンネル抜けたら、もう何もないんですよ。これマジっすよ?道もガタガタだし、電柱もないし。もうここから気合い入ってんだ。映画村ってすげーなあってテンション上がりました。
 しばらくしたら雨降ってきちゃったんです。ゲリラ豪雨っす。さっきまで雨雲レーダーに出てなかったのに。ツイてないなぁと思って。雨が弱まるまであそこにある神社、なんでしたっけ?名前。GoogleMapには出てたんすよ。とにかくそこに行こうと思ったら前輪がパンクしちゃって。舗装してない道だから小石だらけなんですよね。本当ツイてねえなぁって思ってロード押しながら登っていたらなんか声聞こえてきて「誰かー!」って。なんかヤバいんじゃないかと思って、目の前の山の上の方だったからとりあえずロード置いて登って、そしたら時代劇の農民っていうか、なんかエキストラっぽい衣装のおばあちゃんが倒れてたんで、最初撮影かな?って思ったんですけど、でも周り見てもカメラとか回ってないし。だからダッシュで行ってみたら本当にケガしてるし雷の音で気ィ失っちゃって。119番しようと思ったら圏外だったからマジかってなりました。ここソフトバンク通じねえんだって。
 とりあえずおばあちゃんを山道の木の下に連れてったところで、そういやガパオとタピオカ忘れてた!ヤベえ!って気付いて。慌ててずぶ濡れのリュックの中から出したら全然濡れたりこぼれたりしてなくてうわーすげー!Amazonで4000円!帰ったら星5つけよ!って思いました。
 でもそこで雷がめちゃくちゃ近くに落ちて。俺、雷ダメなんすよ。光とかだけならまだいいんすけど、近く落ちちゃうともうダメ。だから動けなくなっちゃって。そしたら自分の真上にめっちゃ明るいのがピカッてきて、あーやばい当たったわー死んだわーって。でも全然痛くないし、痺れたりもしなかったんです。そしたら身体が浮く感じがして、あっ、これ古いアニメで見たやつだって。あの犬と子供のやつ。裸の子供に連れてかれて……え、あれ天使なんですか?(中略)で、もう死んだ。完全に死んだと思いました。しかも俺、高所恐怖症なんすよ。だからどんどん上行くから気ィ失っちゃって。
 んで、気付いたらトンネルの前にいました。いや、倒れてるとかじゃなく、フツーに立ってる感じで。捜索隊?の人が俺の名前呼んで「いたら返事しろー!」って叫んでるから「はいー!」って返事したらその人悲鳴上げちゃって。まさか返事がくると思ってなかったみたいで。なんか遭難した時のデッドライン?ってのがあって、それが72時間らしくて、だから75時間経ってからほとんど無傷で見つかったのが奇跡だって言われて。でも、自転車とガパオライスとタピオカ無くしちゃったんすよ。レビューめっちゃ低評価ですよ。「配達中に遭難すんな」「でも生きてて良かった」って。どっちなんだよ。(中略)トンネル抜けたら全然違う場所になってたし。あそこマジどこだったんすかね。っていうか俺のロード、どこにあるんすかね?
 そういえば、ひいひいばあちゃんがこの辺で一回死にかけたらしいんですよ。でも生きて帰ってきたらしくて。「亀様に助けてもらった」っつって。だから両親や親戚から「亀神さん所にお礼言いに行くぞ!」ってなって、あっ、そうだ。亀神神社だ。あの時行こうとしてた神社。ま、俺あんまそういうの信じないんですけど、一応行って手合わせてきました。
幌呂垣愛実・ほか編(2020)『四諸茶々村拾遺 487』より


 時空管理局に歪みを指摘されたのは昼前頃だ。
 コントロールルームで昼食を食べながらモニタリングをしていたところ本局から入電した。
 「1920年と2020年の四諸茶々村近辺に異常が出ている。原因不明。リモートでの修正は不可能、至急現場へ」というメッセージだった。飛行型の『時 A-003』で歪みの地点へ行った。
 トンネル付近を境に100年のズレを検知。1920年側に2020年の男性1名の進入を確認。
 1920年の老人女性を山道の隅で寝かせていた。恐らく救助とみられる。
 一体なぜ彼はここに来たのか。そしてなぜ時空が歪んだのか。
 しかし、激しい雷雨による天候不順のため、歪みの原因を調べるのは非常に困難だった。
 ひとまず2020年の男性を救出すべく、浮遊光を当て男性を機内へ運ぶ。だが、男性は失神しており聴取には至らず。
 そこで雷が右翼を直撃。ハンドリングが効かなくなり雑木林に落下。その際に何本か木を倒した。男性と私は機内の緊急防護機能のおかげで無事だったが、機体に激しい損傷が認められ、再度の飛行は困難と判断した。この時点で私は元の年代に戻ることを諦めた。
 男性は気を失ったままのため、1人で周辺を探索した。
 そこで、目の前に倒れている亀の偶像を見つける。先祖からの言い伝えで「カメガミサマを大切にしろ」という言葉を思い出した。もはや意味は形骸化しており、言葉のみが伝わっている状態だったが、なぜだかその時思い出した。元来倒れているものや散らばったものを見ると片付けたくなる性格なので、亀の偶像を元の位置と思われる土台の部分に戻した。
 そこからの記憶はない。
 気付いたらコントロールルームにいた。
 夢かと思ったが、手に泥が付いていたので実際に起こったことだと判断する。
 車庫へ行くと破損した『時 A-003』があった。中には旧世代の『自転車』と呼ばれるものと『Uber』と書かれた四角い型のリュックサックがあった。どちらも2020年の男性の持ち物と思われるが、なぜ機内に置かれていたかの詳細は不明だ。
 上層部との面談でも同じことを伝えたが、「全くもって不可解」と信じてもらえず今に至る。
 ちなみに亀の偶像との因果も現在検証中だ。恐らく関係ないとは思うが、半年経った今もどうやって帰れたのか、いまだに究明出来ていない。
幌呂垣メイロ・ほか編(2120)『四諸茶々村拾遺 1204』より

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