順番の問題(紀野珍)
出し抜けに、洋式便器を見下ろしていた。場面はそこから始まった。もちろん夢だとすぐに理解した。
便器があるということはトイレの個室で、俺は用を足しに来たのだろう。
小用だ、と悟ったつぎの瞬間には身体が動いていた。ゲームのコマンドを選択するように、ひとつずつ手順を踏む。
俺は、小便を放った。
つぎに、便器の蓋と便座を上げた。
最後に、ズボンと下着を下ろした。
初手からしくじった。小便は下着とズボンにたっぷりと吸われ、吸いきれなかった分はズボンの裾から床に垂れる。股間を包む生温かさと湿り気に郷愁を覚えるが、尿を含んだ下着とズボンは肌に貼り付いて脱ぎにくかった。むき出しになった逸物が急激に冷えていく。
ズボンと下着を腿まで下ろした格好で、汚水に素足を浸しつつ思う。
失敗だ。
つぎの日も便器の前に立っていた。
尿意に身体が反応する。昨日と同じじゃ駄目だ、という意識があった。
俺は、ズボンと下着を下ろした。
つぎに、小便を放った。
最後に、便器の蓋と便座を上げた。
今日はズボンも下着も汚さずに済んだ、と安堵したのもつかの間、射出された小便は蓋の上面で跳ねて方々に飛び散り、便器と床をみるみる濡らしていく。いったん出してしまうと、方向も、勢いも、何もコントロールできなかった。為すすべがないとはこのことだ。やがて放尿は止み、最後のひと滴を切ったあと、今回も虚しく蓋と便座を持ち上げる。
また失敗だ。
つぎの日。
俺は、便器の蓋と便座を上げた。
つぎに、小便を放った。
最後に、ズボンと下着を下ろした。
すんと凪いだ便器内の水に視線を据えたまま、股間から足もとへかけて温もりと不快感が侵食していくのを感じる。蓋の裏面は一点の曇りもなく白で眩しく、便座はU型だった。
またまた失敗だ。
つぎの日。
俺は、便器の蓋と便座を上げた。
つぎに、ズボンと下着を下ろした。
最後に、小便を放った。
この順序が正解だと確信できた。これまでより自然に身体が動いた。
排出する寸前、異変に気付いたが、時すでに遅し。
小便は前方に飛ばず、温もりを持った液体が、直立する俺の両の内腿を伝い落ちる。
性が変わっていた。
どうしてここにきて、と理不尽に思わないでもなかったが、愚痴を言ったところで始まらない。俺は前向きに生きると決めたのだ。
胸を張ってすべて出し終え、明日こそは、と誓った。
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