ライジングサン(哲ロマ)
ザ ライジングサン
青地に黄色い文字の煤けた看板。
何の店だろう。喫茶店、だろうか。
最近ハマっているYouTubeチャンネル。寂れた温泉街をただただ主観のカメラで撮りながら歩いているだけのチャンネル。それにハマった挙句、自分でも歩きたくなり、北関東の寂れた温泉街になるべく寂れた宿を探し、予約して一人でやって来た。曇天だし、平日だし、人がほとんど歩いていない。最高だ。
チェックインして部屋に入り荷物を置き寝っ転がり、足で座布団をクルクル回すやつをやろうとして出来なくて起き上がり、空きっ腹に缶ビールを1本流し込んでタオルを取って大浴場に行き、戻って来てからまた1本、ビールを空けて時計を見るとまだ夕方の5時前。最高だ。
シャッター閉まってる!ここもシャッター閉まってる!ここはシャッター閉まり切ってなくてガラスにガムテープ貼ってある!マルフクって看板たくさんある!
酔った勢いで宿を出て寂れた温泉街を歩く。最高だ。
「ザ ライジングサン」に出会したのはそんなキラキラと寂れた温泉街をウキウキ歩いていた時だった。
喫茶店だろうか。近付いて中を覗こうにも窓が無い。メニューも置いて無いし食品サンプルが飾ってあるショーケースも無い。入ってみようか。缶ビール2本の酔った勢いには相応しい店だ。入ってみよう。1本では怖気付くし、3本では物足りない怪しさ、缶ビール2本の酔った勢いに丁度相応しい怪しさが「ザ ライジングサン」にはあった。
「すいませーん」
やっぱり喫茶店、だろうか、テーブルと椅子、レジもある。
「すいませーん」
客も居ない。店員も居ない。誰も居ない。誰も居ないのだが奥の方の厨房、だろうか、そちらの方からテレビだかラジオの音が微かに聴こえる。
三度目の「すいません」のボリュームをちょっと上げて言おうと息を吸ったタイミングで奥の方から誰かが出て来た。
僕の親ぐらいか、少し下か、女性の、店員さんだ、多分。
「はい?何?道?宿?何処?」
アマゾネス。咄嗟に浮かんだ。この女性の背格好、服装、声、雰囲気、全てを説明するのに「アマゾネス」で片付く。アマゾネスだ。
アマゾネスはおそらく、旅行客に宿までの道案内を何度もしているのだろう。必要最小限の単語で僕に話しかけて来た。
「あ、いや、喫茶店かな、思って」
「あらあら大変、お客様ですわ、いらっしゃいませー」
アマゾネスは茶化すように言った。
「喫茶店、で、すか、、」
「んー、お兄さんぐらいだとギリギリ知らないかねー、ブーム」
「ブーム?」
「ボーリングブームは知ってる?中山律子さんとか、あ、もしかしたらお兄さんの親世代かね、直撃」
「ボーリングはたしかに、親は好きでしたね、はい」
「そうでしょ、そのね、ボーリングブームとね、並ぶぐらいね、人気あったのよ、コレ」
「あ、ライジングサンですか?」
「そうよー」
ライジングサンとはそういうゲームでここは遊技場、みたいなものなのか。
「で?どうされます?お客様」
アマゾネスは悪戯っぽく笑った。
ドラクエでもあるまいし、よく分からない建物に入って話だけ聞いてあちこち調べて出て行く厚かましさは僕にはない。
この流れはもうやるしかないだろう。ライジングサン。
「あ、いや、でも全然知らないし大丈夫、ですかね」
「一人では出来ない、かな」
「あ、じゃあ無理っすね」
「お相手、致しますわよ」
ちょいちょい小悪魔っぽさを出すアマゾネスはそう言うと店の照明を点けた。全部点いてなかったのか、薄暗過ぎて少し怖かったので安心した。
「最近はね、一部の愛好家みたいな連中がね、温泉旅行ついでに小さい大会みたいなね、やりに来るだけになってね」
「なるほど」
「一応店は開けてるけどね、大体宿の道案内ばっかりだからね、お兄さんもそうだと思ってね」
「なるほど」
「初めての人相手にするなんて何年ぶりかね、あたしが緊張しちゃいますわよ」
「なるほど」
語尾上がりのイントネーションで話しながらアマゾネスは奥の棚から何かを取って戻って来た。
「ではでは、お座り下さいませませ」
「あ、はい」
テーブルを挟んで僕とアマゾネスは向かい合って座る。そして、テーブルに、それを置いた。
トランプだ。
「あ、え、トラン、、、」
「じゃあね、説明しながらね、教えながら、覚えながらね、やろうかね」
「あ、はい」
アマゾネスはトランプをテーブルいっぱいに全て伏せた状態で並べて、僕は黙ってそれを見ていた。
「じゃあまずね、イースターとウエスターを決めるからね」
「う、、上?え、何ですか」
「イースターとウエスターね」
「それは何ですか」
「ライジングサンはね、二人ね、交互にプレイしていくのね」
「はい」
「それでね、先にプレイする方をイースター(東者)後にプレイする方をウエスター(西者)て呼ぶのね」
「あ、先攻後攻ですね」
「それダメ、先攻後攻なんて言うとね、引き千切られるからね、耳」
物騒だな
「でね、ライジングサンはね、後攻の方が有利なのね」
後攻言ったな
「ホントはね、コイントスとかね、あと温泉卵使ったりとかイカをね、こう、振り回して決めたりするんだけどね」
コイントスしか分からないな
「でも今日はお兄さん初めてだしね、後攻ね、あたしが先攻ね」
先攻後攻言ってるな
「では、始めますわよ、お兄さん」
「あ、はい、よろしくおね、、」
「神々の創り上げし光よ!希望を我らに!」
「え、何ですか」
「始まりのね、掛け声ね、言ってね、せーの付けてあげるから、一緒にね、はい、せーの」
「か、神の光、、何ですか」
「神々の創り上げし光よ!希望を我らに!せーの」
「神々のつくりあげし光よ!希望を我らに!」
酔いが醒めて来た。そして、酔い始めた。
「掛け声ね、大きい声でしっかり言わないとね、ブチ抜かれるからね、眉毛」
気性の荒い方達が多いのだろうかライジングサン愛好家。
「ではでは、まずはあたしから、カードをね、2枚、どれでも良いからね、めくるのね」
ハートの4、スペードの2
「はい、あたし終わり、イースター終わり、次お兄さん、ウエスターの番ね、同じ様にね」
「あ、はい、じゃあ、、」
「そして陽は沈みゆく!」
「え、何ですか」
「掛け声ね、イースターが終わって、ウエスターの番に移る時、イースターがする掛け声ね」
「あ、交代する時に、掛け声あるんですね」
「あるね、ハッキリとした声でみんなに聞こえるようにね」
「なるほど」
「はい、次お兄さん、2枚ね、めくってね」
「あ、はい、じゃあ、やります」
ハートの8、ハートの2
「めくれたオレンジ!!」
「え、何ですか、オレンジ、何ですか」
「びっくり、、、最初から出るとは思わなかった」
「何ですか」
「あのね、わかった、こうなったらざーっと説明しちゃうね」
「え」
「大まかなルールざーっと説明しちゃう」
「あ、はい」
アマゾネスは意外にも僕に断りを入れてから煙草に火を付けてざーっと説明を始めた。
「ライジングサンはね、2枚のカードをめくってね、そのカードの数が同じだったらワンペア、ゲット、なのね」
神経衰弱だ
「ワンペアゲットしたら交代は無しね、そのまま同じプレーヤーが続けてプレイ可能ってわけ」
神経衰弱だな
「そうやってめくっていって、最後にゲットしたカードが多い方が、winner、勝ちってわけ、分かった?」
「神経衰弱ですね」
「それはダメ!それは絶対に言ってはダメ!それを言ったらね、牛に縛り付けられてね、みぃーー!!だからね、分かった?」
わかんないよ
「とりあえずざーっとね、説明しちゃったね、せっかくだし、仕切り直してやりますかね、お兄さん、大丈夫?」
「あ、いや、さっきのオレンジのやつ」
「めくれたオレンジ?」
「あ、はい、それは何ですか」
「んーーー、神経衰弱やってる時にさー、あー!それさっきあったー!ていう時、あるじゃない?」
みぃーされんぞ
「そういう時にライジングサンはね、めくれたオレンジ!てね、掛け声するのね」
「しないとダメなんですか?ペナルティとか?」
「べつに」
「あ、そうなんですね」
「他には?大丈夫?」
「あ、いや、ルールは神経、、じゃない、知ってる他のゲームと似てるんで、大丈夫だと思います」
「やるじゃん、飲み込み早いね、お兄さん」
「あ、いや、他にもその、掛け声みたいなのあれば、あ、その交代する時のやつ、日が沈む、みたいなやつ、ありましたよね」
「そして陽は沈みゆく!ね」
「あ、それです、交代する時それ言うんですよね」
「それはね、イースターがプレイを終えた時にする掛け声ね」
「あ、はい」
「今日はね、お兄さん後攻のウエスターだからね」
「あ、ウエ、、スターは、違うんですか」
「違うね」
「どういうやつですかね」
「陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!」
「長いな!」
「大きい声でしっかり言わないとね」
「あ、はい、あ、ワンペア揃ったらやっぱりライジングサン!ですかね、掛け声」
「いや。それはべつに、よし!とかで良いんじゃない?」
「あ、そうなんですね」
「だってお兄さん、ボーリングやっててストライク取った時、ボーリング!て言う?」
「言わないですね」
「でしょ?変なお兄さん」
アマゾネスは馬鹿デカいガラスの灰皿に煙草を押し付けて消した。
「ではでは、お兄さん、仕切り直してね、改めてね、始めましょうかね」
「あ、はい、よろしくおね、、」
「違うでしょ、せーの!」
神々の創り上げし光よ!希望を我らに!
そして陽は沈みゆく!
陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!
そして陽は沈みゆく!
陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!
そして陽は沈みゆく!
めくれたオレンジ!
陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!
そして陽は沈みゆく!
めくれたオレンジ!
よし!
めくれたオレンジ!
よし!
陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!
そして陽は沈みゆく!
陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!
そして陽は沈みゆく!
陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!
めくれたオレンジ!
ライジングサーーーン!!
やっぱり言うじゃないですか!
そして陽は沈みゆく!
陽はまたのぼり繰り返していく!生き急ぐとしても構わない!!
そして陽は沈みゆく!
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