厨二病とギャル(吉田髑髏)

自室でゴロゴロしていると、ボロボロになった大学ノートを手にした帰省二日目の姪がノックもせずに入ってきた。
姪は高校入学を機に黒かった髪を限りなく金髪に近い茶色に変えた。それは田舎のコミュニティーで生きる母には、自分がゴシップの格好の餌食になる要因でしかなく、帰省してからずっと不機嫌に我が孫に接している。義姉も髪や化粧を快く思っていなく、それ見た事かと、嫁姑が珍しくタッグを組んで姪に小言を連発していた。居場所のない姪は避難場所としてここへ来たのだろう。
「おじさんの黒歴史発見した」
パラパラとノートをめくり、勝ち誇った顔でこちらを見下ろす。表紙にタイトルは書いておらず、何を書いたのか全く思い出せなかった。
「このページなんか『おもしろきこともなき世をおもしろく』ばっかり書いていて、心地良いぐらい厨二病でウケる」
「あー、高校生の時のだ。懐かしいな。この頃、高杉晋作とカートコバーンになりたかったんだよね」
心の恥部をびっくりするほど平熱で答えていた。二十年という時間と思春期の姪という距離感が羞恥心を和らげたのかもしれない。
「カートコバーンって誰」
「ニルバーナってロックバンドのギターとボーカルやっていた人。俺の世代はみんな聴いていたよ。」
「お父さんも聴いていた」
「あの人は聴いていない」
「やっぱり」
僕らは意地悪に笑った。帰省してはじめて姪の屈託のない笑顔が見られて嬉しい。
「で、何で憧れたの?」
「ここは都会じゃないし、冬は雪で閉ざされるし、今みたいにネットもないし、高校生の俺は毎日が退屈で窮屈で仕方なったんだよね。ニルバーナの音楽をはじめて聴いた時に鬱屈が全部消えたのよ。ああ、俺が求めていたのはこれだったんだ、俺も歌で世界を変えてやるってその時は本気で思ったな」
「へぇー、それでおじさんの部屋にギター置いてあるんだ。弾いている姿見た事ないから謎だったんだ」
姪は埃を纏ってしまったフェンダーのジャガーを指差した。
「今思うとカートコバーンが若くして亡くなったっていうのもハマった要因の一つかな。高杉晋作もそうだけど」
数年放置したままのギターへ言い訳する様に言葉を繋いだ。
「ダサい大人になり果てたくなかった。何かの為に懸命に走り抜けて潔く死ぬ生き様のが格好いいというか、憧れていたなぁ。ただ生きるためだけに仕事する事の意味が分からなくて」
「おじさんマジで厨二病こじらせていたんだね。厨二病というかピーターパンシンドローム」
「あー、そうかも。大人になる前の通過儀礼なのかもな」
「現在進行形でこじらせているとか、あるんじゃないの」
近所の世話焼きおばさんみたいな心配顔で僕を見つめる。
「流石にないかな、いや、ちょっとあるかも。でも、ダサい大人も悪くないぞ、とは思える様になった。お前も高校生だし、俺みたいな厨二病が少しぐらいあるんじゃないの」
「わたしはない。だって今楽しいし。彼氏もいるし」
「もう彼氏いるのかよ。チャラいヤツじゃないだろうな」
「大丈夫、一緒に夢を追いかけようって高め合っている最高の人だから」
「へぇー、夢があるのはいいな」
照れて僕から目を逸らす姪が何とも可愛い。埃まみれのギターに夢を託した日々を思い出す。高校生の僕は誰かに夢を話しただろうか。絶対に誰にも話していない。バカにされるのが怖かったし、嘲笑を受け入れる覚悟もなかった。恐らく、覚悟の小さな積み重ねが夢を手繰り寄せる大切な要素の一つなのだと思う。僕には最初からその要素が著しく欠落していた。
「彼も私もね、獣医を目指しているの。昔、猫飼っていたでしょ。その時お世話になった近所の動物病院の獣医さんが親切で頼もしくて格好良くて。最後に苦しむ事なく空へ行けたのも獣医さんの処置のおかげだったの。私も動物に寄り添いたい。あの時の獣医さんみたいになりたいって。それに自然動物の保護とかにも興味あるし。やっぱり、私じゃ変かな」
「変じゃないよ。めちゃくちゃ格好いい夢じゃん。応援するよ」
「ありがとう」
「髪染めたり、化粧したりしているからてっきりアパレルとかに興味あるのかと思った」
「化粧もメイクも中学生から興味あったの。でも大学で獣医学部行ったら化粧できないかもしれないじゃん。動物相手だからダメな化粧品あるしさ、自然動物のフィールドワークなんてしていたら髪の手入れもできないかもしれないし。だから高校の今しかないって。やりたいと思った時に行動しないと後悔しちゃう」
「お祖母ちゃんやお母さんにグチグチ言われても、か」
「だって、私の人生だもん。誰かに言われたから行動しないなんて絶対後悔する」
誇らしく語る姪が一瞬あの頃のカートコバーンに見えた。手に届くカートコバーンの金髪頭をぐしゃぐしゃに撫でると嫌そうに手を振り払ってきた。大丈夫。お前の夢は叶う。
一階から声がした。夕飯ができた合図だ。
「ここでの話はみんなには内緒」
互いの小指を掛け合った後、僕らは部屋を出た。

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