そして、腹筋は割りたい。(puzzzle)

 餓鬼の頃から運動会は憂鬱だった。マラソン大会も。それでも運動会は格別。疲れることだけが苦痛なんじゃない。惨めな姿を観られることも、応援しなければならない空気も。今の餓鬼らがうらやましい。
 それにしても感動することがなくなった。最近に限ったことではないのかもしれない。世界で一%の超裕福層などと呼ばれても、一人の人間が八年をかけてどうにか排出できる二酸化炭素を一撃で排出しても、心から宇宙遊泳を楽しむことができない。もっと資本の増大が必要だ。もっと貧困層との格差が必要だ。中抜き九割で労働者を馬車馬のように扱っても、俺はまだ満ち足りぬぞ。そして、腹筋はしておく。
 何故おまえは世界一速く泳げた人間を眺める程度で感動できるのか。そいつは大した才能だ。一〇〇メートル自由形を五〇秒で泳ぐこと、四二、一九五キロメートルを二時間で走ること、燃料を焚けばどうとでもなる。原子力潜水艦なら水深五〇〇メートルで潜航することも、ロケットエンジンなら成層圏を抜けることだってできる。道具を創造すること、そいつを操縦することも必要ない。シートベルトをロックすれるだけで、何よりも速く、どこまでも遠く、何者かが喜んで俺を運ぶ。そして、腹筋はしておく。
 音速で空を舞う俺よりも一〇〇メートルを九秒で走ることが凄いか。成層圏を突き抜ける俺よりも棒一本で六メートル跳ね上がることが感動的か。原子炉搭載ロケットは過去四〇年で八回しか打ち上がっていない。有人飛行については皆無だ。そして、腹筋はしておく。
 ビル・ゲイツも、イーロン・マスクも、世界の大富豪は「原子力」に積極投資をはじめる。こいつらには負けるわけにいかない。原子力ロケットで誰よりも先に火星へ到達できるならば、多少満たされるのかしら。放射能をばらまいて、真っ赤な彼地にサル目ヒト科の墓標を建てる。惨めな姿を観られることも、応援しなければならない空気ともおさらば。それでも、まだ木星まで五億二〇〇〇万キロメートル。もっと遠くへ。

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。