この町から明太マヨが消えたなら (七寒六温)

「例えばだけどさ、コンビニに行って自分のお目当てのおにぎりが売り切れていたとする。その場合 どうする?」
わざわざ電話してきたと思えば、こんなくだらない話。親友の大石はこういうどうでもいい質問をするためにわざわざ電話してくる。
このおにぎりの質問も深く考えるような話ではない。好みのおにぎりが売り切れていた所で怪我をするわけでもなければ失恋するわけでもない。

「うーん まあその日のコンディションや持ち時間にもよるけど通常なら別のを買う」

「えー菊ちゃんはそれでいいかも知れないけどさー俺の場合はそうはいかないわけ」
「菊ちゃんも知ってるだろうけど、俺はね、明太マヨが好きなの。その明太マヨが無かった時はすぐに店を出て他の店に行くようにしてるんだけどさー。こないだ事件が起こったわけ」

「その事件 聞きたい?」

「……」
僕は君の彼女か!
聞きたいじゃなくて言いたいんでしょ? だったらいちいち確認する必要ない。仮に僕が「No」と答えても大石は絶対に話す。

「いいよ、話して 聞くから」

「その事件っていうのがさー」
僕のOKを聞くと嬉しそうに大石は話始めた。同性にこんな話して面白いかね? 大した用事は今のところないから聞いてはあげるけども。

「1軒目のコンビニに行って明太マヨがなかった。ここまでは想定内と思って2軒目のコンビニに行ったがそこにもなかった。仕方ないから今度こそと思って3軒目のコンビニに行ったわけさ、そしたらそこにも明太マヨの姿はなかった」

「3軒目まで行くと、お口の中が明太マヨを欲しているんだ。ああ、このまま明太マヨを食べられなければ、俺のお口はお口としての機能を果たさなくなる」
そんな、大袈裟な。
そこまでして明太マヨおにぎりが食べたいものなのか。そういえば昔、大石から明太子とマヨネーズは最強の組み合わせだという説明を長々と聞かされたことがあったな。

「4軒目、ここはあってくれ、なければ俺は自害するという気持ちで店の中に入った」
自害……?
そんなことで自害するな!

「どう? 4軒目であったと思う?」

「え? 分かんないけど あったんじゃない?」
こうして話してるし、自害してないしな。
あったんだろうな? だか、話として面白いのはこの4軒目でもなかったってパターンだが。

「それがさ……あったんだよ!」
「4軒目のコンビニには何と明太マヨが4つも残っていた。嬉しくて嬉しくてその明太マヨを4つとも買ってしまったよ……」
ん? あったのか……そうあったんだね。
で、この話 面白くも何ともない。

「あったんだ……」 
「で、その話どこが事件なの?」

「え、分かんない?」
「事件だし、面白いでしょ~この話」

「分からないよ、今のところ1人のサラリーマンが明太マヨおにぎりを買ったってだけの話だからね? なんの事件も起きてないし」


「分かってないなー菊ちゃん 鈍いよ」
「順に説明していくと、俺は明太マヨを探して4軒のコンビニをはしごしたんだ」
「見事 4軒目で明太マヨを見つけたんだが、そこにあった明太マヨを俺が買い占めたんだ」
「想像してごらん? 次にこの店に明太マヨを買いに来たお客さんはどう思うだろうか?」

「それは、あっ 売り切れてんだ」
僕は淡々と言った。だがこの言い方が大石の思っていたのとは違ったようだ。

「違う、それは菊ちゃんの場合でしょ? もっと感情込めて!」

「えっ? あー明太マヨおにぎりがないー」

「違う、もっと悔しそうに!」

「くっそ…… どうして、どうして明太マヨおにぎりがないんだよー」

「そう、それ ! いい感じ!」
「そしてそのお客さんが次に取る行動は?」

「諦めて他のおにぎりを買う」

「ちが~う!」
「だからそれは菊ちゃんの場合でしょ? もっと明太マヨ好きのお客さんの気持ちを考えて、答えて」
なんて?
僕は一体何をやらされてるんだ。銀幕デビューを夢見る劇団員じゃあるまいし、 なんでこんな小芝居に付き合わされてるんだ。

「じ、じゃあ次の店に買いにいく?」
多分 大石はこの言葉を待ってたんだろうなと思ってそう言った。全く共感は出来ないが。

「そう、それ!」
「ただ、次の店に買いに行っても明太マヨはない。何故なら俺が行ってすでに確認済みだから~」
「3軒のコンビニに明太マヨがなかったが、俺が買い占めたことにより4軒目のコンビニも明太マヨが売り切れた。実は俺の住んでいる町にはこの周辺にコンビニは4軒しかない。すなわち、この日 この町の全てのコンビニから明太マヨが消えたのだ!」

「明太マヨが欲しいのならば、この町を出なくてはならない。ぶはははっ……」
大石は笑っていたが何が面白いのか? 説明されても何も面白くなかったし、大した事件でもなかった。


「あ、もう昼か……」
僕は、掛け時計を見て時間を確認した。
僕は昔から長い時間の電話というものが得意ではなかった。話を聞いているうちにだんだん耳が疲れてきて、そのうち僕の耳はちぎれてどこかにいってしまうんではないかという感覚に陥るからだ。誰に聞いてもこの感覚を分かってくれる人はいない。

親友とは言え、そろそろ電話を切りたい。

「そろそろ、昼飯じゃないか?」
昼飯じゃないか=そろそろ僕は昼飯を食べたい。と察してくれないだろうか……

「昼飯? え? もうそんな時間だっけ」
「あ、菊ちゃんは、今日何食べんの?」

「き、今日? まだ決まっていない……」
僕は嘘をついた。本当は、僕の頭の中ではあれを食べようと決まっている。

「そっか……」
「俺は、オムライス!今日のは特別にオムライスに明太マヨをかける」

「へー 本当好きだね明太マヨ。まあ、味わって食べてね。じゃあまた、時間できたら飯でも行こうね!」

「おう! オッケー」

電話を切った僕はすぐさまコンビニに向かった。大石のせいで無性に明太マヨおにぎりが食べたくなった。

「明太マヨ」「明太マヨ」「明太マヨ」
とあれだけ連呼されれば意識しないわけにもいかない。僕の頭の中は明太マヨでいっぱいだった。

「よし、今日は明太マヨおにぎりを絶対に食べるぞ!」
家を出たすぐの僕は知るよしもなかった。この後 僕は明太マヨおにぎりを探しに6軒のコンビニをまわることになることを……


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