萬挙(インターネットウミウシ)

放たれた矢が私の頬をかすめ、部屋干ししていた銀杏柄のTシャツを射抜き、壁に刺さった。
頬から流れる血を拭い、壁に刺さった矢を引き抜く。
矢に巻かれた紙を開くと、満面の笑みのサソリのキャラクターが表れる。
そしてそのサソリから出ている吹き出しにはこう書かれていた。

『選田原(えらんだわら)町 首領(どん) 萬挙(まんきょ)のおしらせ
投鋲窟(とうびょうくつ)のご案内 在中』

萬挙のお知らせと共に巻きつけられていた鋲をグッと握る。
ついにきたか。10年ぶりに萬挙が行われるんだ。
萬挙は、町民たちの投鋲という手続きを通じて、町を統べる「首領」を決定する催事である。
18歳以上の町民であれば誰でも参加できる。この人に次の首領になってもらいたいという意思を伝えられる貴重な機会だ。
しかし、ここ数百年で投鋲率は激減している。
理由は、投鋲の過酷さだ。

萬挙で投鋲するには、その町にある指定の窟(くつ)へ行く。
近くには野生の獣や、賊がおり、襲撃される危険がある。
だが、投鋲したい者は自己責任で向かわなければならない。

私はこの時を10年待っていた。
体を鍛え、武術を身につけ、バイクの免許を取り、声楽のレッスンを受けた。
投鋲日はおばあちゃんと健康麻雀をする約束があるので、期日前投鋲をしなければならない。
しかも明日から繁忙期で帰りが遅くなる。
できるとしたら、今日しかない。
行くか、萬挙に。

サバイバル用の装備を身につけ、バイクに跨る。
しばらく国道を走っていくと遠くで雷鳴が鳴った。
窟のある山に暗雲がたちこめている。
雨粒が私のヘルメットに当たる。
これは、荒れるぞ。
私はさらにバイクの速度を上げる。

窟の近くに着くと、数台のバイクが停められていた。
『期日前投鋲の方はこちら→』の看板が建てられている。
矢印の先には舗装されていない獣道がある。
ここからは自分の足で行くしかない。
歩けば歩くほど、霧が深くなっていく。
私と近い年齢の男が先を歩いているのが見えた。
仲間を見つけた気がして、少しホッとした気になった時、男が浮き上がった。
巨大な怪鳥が、暴れる男の両肩を掴み消え去って行った。
あまりに突然のことで、固まっていると後ろから男たちの下品な笑い声が響く。
まずい、賊だ。
賊の肩は投鋲用の鋲がいくつも付いている。
奴らは奪った鋲の数で優劣を決めているのだ。

私は岩場を見つけ、身を潜める。
岩場を見上げると、ロープが垂れている。
投鋲した人が残してくれたんだ。
後に続く人のために。
私は賊の目を盗み、ロープを掴む。
ロープは杭に括り付けられており、地面にしっかり固定されている。
これを登れば、投鋲窟はもうすぐだ。
私は賊の目を気にしつつ、登っていく。
すると賊の1人が私に気付き、矢を放ってきた。
私は右に左に蛇行しながら登っていく。
矢を何発かかわしたが、右肩に矢が刺さった。
痛みのあまりロープを離しそうになるが、ぐっと堪える。
もうすぐ、もうすぐなんだ。
私は渾身の力で岩場を登った。
山道を進んでいくと、大太鼓の音が聞こえる。
凹地から灯りが漏れている。投鋲窟だ。

さあいよいよここからが本番だ。
萬挙管理四天王と組み手をし、勝利もしくは引き分けなければならない。
その後本人確認のためにあらかじめ登録した自分が一番好きな歌を歌い、DAMの精密採点で90点以上を出さなければならない。
それを立会人が見届けた後、投鋲用の鉄板を交付される。
鉄板を背負ったまま反り立つ壁とローリング丸太をクリアした先で、鉄板にTIG溶接で候補者の名前を書くことができる。
最後に、鉄板に鋲を打ち付け、来た道を戻って下山し、町内にある役場で受け取ってもらい、投鋲完了となる。

もし、もう少しだけでも簡単に萬挙ができるようになれば、もっと投鋲率が上がるのにな、と何度思っただろう。
例えば、事前に投鋲入場券が届き、もし当日入場券を忘れてしまっても免許証などで本人確認ができれば投鋲できて、しかも鉄板ではなく、専用の用紙に候補者の名前だけを書き、箱に入れて終えられるシステムだったら……きっと町にいる誰もが投鋲に行くことができるはずだ。
聞くところによると、数百年前はもっと簡単に萬挙ができたのだという。
しかし、権力者がその権力を末長く享受しよう企て、少しずつ町民たちにバレないように萬挙の制度を変えていったという。
敢えて鋲を入れづらい制度にし続けた結果、こうなったのだ。

それでも私は一鋲を投じたい。
組み手用の道着に着替え、四天王と向かい合う。
四天王の後ろのモニターではDAMチャンネルが流れている。
本当に、私にできるだろうか。
いや、やるしかないんだ。
私は「押忍!」と叫び、正方形の競技場に足を踏み入れた。

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