やさしいいいとも(葱山紫蘇子)


「タモさん、お久しぶりです。」
「久しぶりだね〜。髪切った?」
「あ、はい。だいぶ前にですけど。」
「それ、流行ってるよね〜、なんだっけ?インナーカラー?」
「はい。チェリーレッドを入れてみたんです。」
「いいねー、似合ってるよ。(客席に向かって)ねえ!」
(客席 まばらな返答「かわいいー」「似合ってる」「まあまあ」)
「まあまあ!?」
(客席 笑い声)
「いやいや、似合ってるよ、似合ってる。」
「あはは、ありがとうございます。(客席に向かって)タモさんは、いつもどこかを褒めてくれるんですよ。優しいの。」
(客席 「へー」)
「そう言うことは言わなくてよろしい。」
「あ、照れてます?照れてますよねー。かわいいー。」
「大人をからかうんじゃありません。」
「私も大人ですよ。子ども2人いるし。」
(客席 どよめき「えー!」「見えない!」)
「お子さん達は元気?幾つになったんだっけ?」
「下の子がやっと、今年小学校で。」
「そうだったそうだった。どう小学校は?」
「やー、もう、上靴洗うのが大変で、上の子の分と2足になったんで、毎週毎週、嫌になりますよ。私、家事の中でも靴洗いが一番嫌いなんです!」
(客席 笑い声)
「へー、大変だあねー。毎回買って捨てるわけにもいかないしねー。」
「そうなんですよ。」
「ハウスキーパーとか頼まないの?」
「やー、そんな余裕あるわけないですよー。」
「子どもに自分で洗わせないの?」
「んー、上の子はもうそろそろ、自分で洗って欲しいんですけどねー。でも、なんか、うちの子達の上靴、いつもすっごく汚れて帰って来るんですよー。」
(客席 笑い声)
「私が洗っても汚れが落ちなくて大変なのに、子どもが洗うともっと大変だろうなーって、それはそれで私もストレスになりそうで……。」
「あー、なるほどね。確かに。」
「お風呂掃除とか、他のお手伝いはやってくれてるし。まあ、これくらいはいいかなって思って……。」
「ふーん。」
「甘いですかねー?」
「や、いいんじゃないの?(客席に向かって)ねえ?」
(客席 「優しいー!」「いいよー」「いいともー」)
「えへへ、ありがとうございます。」
「……一旦CMでーす。」
(ジングルカットイン)


高齢者施設の日当たりの良い個室。引き戸が開き職員が二人入ってくる。
「こんにちはー。あ、眠っておられましたか?いま、おむつ交換しますねー。」
「先輩、これ、どこに置けばいいっすか?」
「タンスの上。それ置いたら陰洗ボトル持ってベッドの足元の方に立って。」
「おいっす。」
「あれー?今日、なんかすっごくニコニコされてますねー?なにか楽しいことでもありました?」
「……い、いー……。」
「痛いところは無いですかー?」
「……あ、あのね、わ、わたし……。」
「ちょっと、待ってくださいね……はい、はい、終わりました。どうされました?」
「わ、わたし、いま、わか、わかく、わかくなってね……。」
「へー、それはいいですねー。(後輩に向かって)それ、新聞紙で包んで。」
「わ、わたし、いま、わか、わかくなってね、いいともに……いいともに、でてた……のよ。」
「そうなんですねー。それは良かったですねー。それじゃあまた来ますねー。失礼しまーす。」


「先輩、いいともってなんすか?」
「私もよく知らないんだけど、そう言うテレビ番組が、昔にあったらしいよ。」
「あの方、芸能人だったんすか?」
「いや、専業主婦だったと思うけど。よっぽど好きだったんじゃないの?」
「へー。……いいともって素人でも出れたんすかね?」
「知らない。あ、記録に、『機嫌よし』って書き足しといて。」

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