3円 (にかしど)

(まえがき)
『バスガイドは本日も、名前を申し遅れようと決めている。』
僕が勝手におもうバスガイドの生態。バスガイドはよく「申し遅れました、わたくしバスガイドの○○でございます」という常套句を、右手の景色を見せた後に口にする。何年間も同じ業務を繰り返しているにもかかわらず、決まって申し遅れるのだ。もうそれは申し遅れようと心に決めている、としか考えられない。なぜ申し遅れるかはわからない。退屈な時間が多くなったこの頃、この疑問が頭をもたげている。
「申し遅れました」ではなく「申し遅らせました」にしたらいい。「本日もあえて、あえて申し遅らせました、バスガイドの○○でございます。」でもいい。
申し遅れました、わたくし、書き手のにかしどでございます。この度、三行で終わる小説、『三行小説〜3円〜』を書かせていただきました。隙間時間にぜひ。 

〜3円〜

『シェフ』
「クソ、玉ねぎって目に染みんなあ!」
野菜の声が聴こえるというシェフが、涙する。
刻んでいるのはニンジンだ。 


『裁判』
くすぐられるような鼓笛のビート。
くすぐられるような鼓笛のビート。
でっかい「敗訴」の字。


『じゃんけん』
「それチョキ?」
「チョキ」
チョキだった。


『おじちゃんとねこちゃん』
おじちゃんとねこちゃんは仲良しだ。
ねこちゃんがはらっぱのお花を匂うとおじちゃんもまねをする。
ある日、ねこちゃんのまねをしたおじちゃんが、偉い人たちにつれていかれた。


『昼休み』
「勝った方が正義ってわけか」
「あぁ」
ドッジボールの線が伸びていく。


『ラスボス』
ラスボスが現れた。
ラスボスが斧を振り下ろす。
ふわりシャンプーの香りが鼻をかすめた。


『間』
ストリートミュージシャンと聴衆の間を通り過ぎていく。
占い師と水晶の間を通り過ぎていく。
茶道家と器の間を通り過ぎていく。


『議論』
「足の裏のホクロ」は付いているのか。
「足の裏のホクロ」は踏まれているのか。
3次会が決定した。


『踊る』
「踊った?」
「まだ」
「踊るとき教えて」


『透明人間』
透明人間になった。
警備員の横に並んで立っている。
定時それぞれの方向へ帰っていく。


『永久歯誤発送』  
歯茎の中で完璧な永久歯が造形された。
「もう少し右!ちょい奥!そこ!はい、オッケー!」
見事な親知らずが半年後、突き抜ける。


『はないちもんめ』
名前を呼ばれることなく、はないちもんめが終わった。
俺は、齋藤。
難しい字だもんな。


『紹介』
数珠を勧められた。
布団を勧められ。
なかなか風邪が治らなかったのでいい医者を紹介してもらった。


『余生』
老後。
(中略)
老後。


『稽古』
すりガラス越しの揺らめく肌色。
濡れた肌の弾み散る音。
のこった!のこった!


『待ち合わせ』
何も特徴のない場所で人々は待ち合わせをしている。
最も派手な長身がどこかへ歩きはじめた。
人々の大移動が始まった。


『晴天』
バケツをひっくり返したような晴天。
ヒヒィーン。
鶏を絞めるとヤギが鳴いた。


『100円』
100円落とした。
近道なんてありゃしない、人生はまわり道ばかりだ。
100円拾った。


にかしど

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