冷え性(puzzzle)

 ありのままの姿見せるのよ。妻は買い物で、娘は部活だ。休日の旦那はコーヒーを淹れて一人きり、金曜ロードショーの録画に震えている。嗚呼カタルシス。あそこまで自分の中に溜まり溜まったものを吐き出して、城まで拵えることができたらどれだけ気持ちいいだろう。
 世代的にはかめはめ波。ベランダに出れば筋斗雲を呼んだ。かめはめ波は少し出たけれど、筋斗雲はやってこなかった。思い切ってあの柵を乗り越えてしまえば飛んできてくれたかもしれない。そんな賭け事できるかよ。かめはめ波の練習は十四でやめた。
「まだそんなことしてるのかよ」
 ズガヌマはいつだって俺の一歩前を歩いていた。否、そう思い込まされていた。餓鬼の頃からマウントを取ろうとするやつがいる。かめはめ波の練習はやめるべきでなかった。今となっては少しも出やしない。実は出るのかもしれない。本気になれていないだけ。
 未知の旅へ。第一作に比べると、第二作は割と難解で、姉はバンバン冷気を放って精霊に立ち向かう。最近の女子はこういう感じがお好みなのかしら。見ているだけで寒くなる。日中から暖房をつけるにはまだ早いだろう。ヒートテックのタイツを履くのもまだ早いか。一人用の尻に敷く電気カーペットがどこかにあったような。湯たんぽも。俺は冷え性なんだよ。乾燥肌だし。やはりまずタイツをはいて自らの発熱を活用するほうがいいだろう。俺はエコ野郎なんだよ。乾燥肌だし。
「ただいま」
 海に立ち向かう姉を眺めながらピチピチのタイツをはいていれば、部活を終えた娘が帰ってくる。俺はあわててスエットのズボンを身に着けた。
「おかえり」
 すっかり冷め切ったコーヒーを口に運んで、なにかを装う。娘の視線は馬にまたがって海を駆ける姉に注がれた。そして、何も語ることなく風呂場へ向かう。おい、なんか言ってくれよ。昼間から居間でディズニー映画を鑑賞する親父。我が家では珍しい光景でない。それを通常運行と理解した娘はなにも残さず風呂場へ向かう。部活帰りだしね。うがい手洗いもきちんとね。でも、なにか言ってくれよ。「一緒に観よう」とかでなくていいの。「アナ雪じゃん」とか横浜っ子らしく。らしくなくてもいいの。いい歳したおっさんが昼間からアナ雪1、2を立て続けに観てはいけない。そんな認識があるのもあいつのせいだ。
「まだそんなことしてるのかよ」
 ズガヌマの声が焼き付いている。いつだってマウントを取ろうとするあいつがいる。かめはめ波の練習は続けるべきだった。今となっては少しも出やしない。実は出るのかもしれない。俺はまだ本気を出していないだけ。
 ありのままの姿見せるのよ。あのシーンは本当に好きだ。

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