Mの功績(カズタカ)

目的地も決めずに旅に出ることがある。
大まかな場所を決め、駅の観光案内所などに行き、近くに良いところはないか訊いて旅をする。
この場合の「良いところ」は何だっていい。
綺麗な風景でも、小さな美術館でも、美味しい食べ物でも。
当てもなく訪れて、感じるままに過ごす。それが旅の醍醐味だ。なんてカッコつけているだけなのだからどこに行こうと構わないのだ。

X県の県庁所在地に降り立ち、そこの観光案内所で最近売り出し中の場所があると聞いて早速行ってみることにした。
鈍行列車に乗り3駅もすると、ビル群は無くなり、長閑な田園風景が広がる。
遠くに見えるまだ白い帽子を被った山々が旅に出たことを再確認させてくれた。
教わった△田駅で降りる。
一つしかない改札を抜けて駅舎を出ると、ロータリーがあったがタクシーは見当たらなかった。
ロータリーの真ん中には手入れされた花壇があり、その中に銅像が立っていた。
その向こう側には食堂が一軒、辺りに人気は無いが暖簾をはためかせている。

僕は銅像に近付き、その人物が誰なのか確認することにしたけれど、
石に掘られた説明書きは中のインクが剥げていて良く判らなかった。
「お兄ちゃん、どこから来なすった?」
急に声をかけられ、僕は軽く叫びを上げた。
「お兄ちゃん、旅の人け?」
僕はもう四十になるが、この毛糸の帽子を被っているお方からすればお兄ちゃんなんだろう。
「あ、はい。観光で。この人は誰ですか?」
人差し指を斜め上の像に向けて訊いてみた。
「あぁ、知久法上人だな。徳仕寺って寺の坊さんなんだけど、明治だったか、学校みたいなのを開いてな。
 ここらの人たちに高い志を持って新しいこと挑む心ってのを教えた人だ。まぁここらは何もねぇで、集会場みたいに寺に集まってお茶っこ飲んだりしてだな。慕われてたみたいなんだわ。」
地元の偉人というやつでだ。残念ながら全く知らない人物だった。
「そうなんですね。駅前にこんな立派な銅像が立つなんて、凄い人なんですね。」
「いやぁ、まぁ、そうだな。うん。」
おじさんは何とも歯切れの悪そうな返事をしてきた。
「いやぁ、実は良く知んねぇんだわ。町おこしで金配られたんだけんどもよ。ここら辺は何もねぇから、
 色々調べたらこの御方がな・・・。」
僕は何と返事するのが正解なのか分からなくなって、タクシーやバスが来ないかなと振り向いた。
すると駅に向かって左手の方、少し離れたところに、もう1つ銅像が立っているのに気が付いた。
「おじさん、あの銅像は誰ですか?」
「あぁ?あれか?あれはてっくとっかーだ。」
「え?」
「まさるっつーてっくとっかーだ。」
「まさる?」
おじさんは僕を先導するようにその銅像の方に歩きだしたので、僕もそれについていく。
銅像は左右の手を身体の前でクロスしており、左手の親指と人差し指だけ伸ばしていて、いわゆる田舎チョキの形だ。
両脚は腕と左右反対にクロスしており、膝を曲げて腰を少し落とし、首を右に傾けている。
そして、パーカーのフードを目深に被っている。
台座には『MASARU』と書かれており、横にある何も書かれていない看板のせいで日影になっていた。
「・・・MASARU、ですね。」
「あぁ、まさるだ。佐々木んところの息子だ。」
「え?なんで銅像に?」
「なんでもてっくとっくとかいうやつで金が入ったとかで、自分で建てたんだわ。」
「あっ!TikTok!?」
どうやらTikToker MASARUがどうにかした金で自分の像を建てたらしい。
「建てられるんですね・・・。」
「この部分は佐々木んとこの土地だでな。仕方あんめ。」
そういえば観光案内所の人が『言葉にできないものがある』と言ってたのを思い出した。
僕はMASARUをしばし見上げた。いや、睨みつけたと言った方がいいかもしれない。
フードに隠れた顔は影になり益々見えず、目立ちたいのかそうじゃないのか、お前の承認欲求はどこに向かってるのだ、と自然と拳を握ていた。
「まさるは一応、ここいらの目玉になればって思って建てたつってたけんどな。」
・・・僕の怒りは早とちりだったかもしれない。
「けど客は最初少し来ただけだ。建てて半年になっけどな。」
MASARU、貴様の発信力はどうした?
「毎朝、佐々木んオヤジが磨いてっからピカピカなんだわ。」
MASARU!!

「おじさん、観光のものってお寺とコレだけですか?」
「あー、あと食堂に名物があっぞ。」
「あ、そうなんですね?行ってみます。ありがとうございます。」
「なぁに。構わんよ。」
僕は目の前の食堂に入った。
おじさんも当然のようについてきた。
店の中にはエプロンをした恰幅の良いおばさんがテレビで恵俊彰を見上げていた。
「すいません。いいですか?」
「あら、いらっしゃい。あ、宮本さんのお知り合い?」
おじさんはテレビが一番よく見える席に座り、
「ほら、こっちさ座んな。」と僕に言った。
僕は諦めておじさんの向かいの座面が固い椅子に腰掛けた。

名物があると聞いたけれども、と壁を見て一目で分かった。
『TikTok丼』
ピンクがかった紙に太字で書かれて貼り出されている。
料金は1,000円と普通の価格で少し安心した。
おばさんが水を二つと、瓶ビールを一本持ってやってきてテーブルに置いた。
おじさん、宮本さんは一気に水を飲み干して、そのコップにビールを注いだ。
「お兄ちゃんも飲むけ?」
「いえ。大丈夫です。」
僕は少し強めに断った。次いでおばさんに話しかける。
「すいません。あれ、名物ですよね?TikTok丼。」
「まだ出来て半年も経ってないけれどね。食べてみる?」
「お願いします。」
おばさんは目で頷くと厨房に入っていった。
目の前でビールを飲む宮本さんを見るでもなく見て、僕は思った。
(そうだ。僕は旅に出たのだ。人との出会いも旅。拍子抜けする観光地も、美味しくない名物も旅の醍醐味だ。郷に入っては郷に従え。なんでも来やがれっと…。)
「おじさん。」
「なんだい?」
「この辺りで観光するところは?」 ピッ
「観光?」            ピッ
「そう。さっきのお寺は?」    ビィーー
「うーん、まぁ普通だぁな。」   ―――
「美術館とかは?」        ―――
「街の方だな。」         ―――
「景色のいいところとか。」    ―――
「ここら辺はどこも綺麗だろ?」  ―――
「あの銅像ですか・・・。」    ―――
「あの銅像になるだろなぁ。」   ―――
「・・ツマミ無しで飲むんだね。」 チンッ!
明らかに旧式のレンジの音が厨房からしたけれど気にしないことにしよう。
「みよちゃん、いつもの焼いてくれるー?」
「あいよー。」

しばし二人で揺れる恵の白髪を見ていた。
「お待たせー。TikTok丼ですよー。」
丼が目の前に置かれ、ついで大き目のお椀が置かれた。お椀には胡麻が浮いたスープが満たされている。
丼には、肉だ。タレを絡めた肉と、野菜?ネギだろうか?ネギと緑色の葉物野菜。
特筆すべきはその下だ。米はなく2X3cmくらいの白く平べったい何か。
これは一体・・・。意を決して箸に挟み・・・挟みづらいな・・・挟んで口に運ぶ。
・・・餅だ。
餅の上に肉と野菜を炒めたものが乗っている。
甘辛の醤油ベースのタレに、ネギと葉物野菜のシャキシャキ感が心地良い。肉の脂と野菜の甘みが食欲を増す。そして餅が口に残る。
悪くないのよ。悪くないんだけれど・・・、と自分の中で整理できていないものを、頭の中で誰かに言い訳している。
しばらく餅と格闘していると、おばさんが宮本さんのツマミを運んできた。
「はいよ、宮本さん。あ、お兄さん、最後そのスープかけて食べるのもアリよ。コショウとかも足して。」
僕は言われた通りスープをかけてみた。
一口飲む。白濁はしてないものの豚骨スープのようだ。
しっかりとした豚骨の旨味に、丼は先程と違った様相を見せる。
スープと一緒流れ込んできた青菜や胡麻を齧ると脂で少しボヤッとした口の中が輪郭を取り戻す。
「・・・ちゃんと美味いな。」
食べ終わり壁を見やると『本場の味!』と書かれた貼り紙がしてあったが、ここで言う本場がどこなのかサッパリ分からなかった。
餅のことだろうか?こんな感じの食べ物をどこかで見かけた気もするが。

完食するといささかお腹が重く感じた。
「ご馳走様でした。」
僕はそう言って席を立とうとした。すると宮本さんが「お兄ちゃん、名物食べていかのか?」と言う。
「え?」
「ほれ、コレだ。」
宮本さんは自身のツマミの皿を軽く指で叩いた。
「え?コレが?じゃぁさっきのは?」
「アレは最近のイチオシメニューだな。ここらはネギが美味いんだわ。あと豚な。なんで、ネギの豚巻き。名物。」
そう言いながら一切れ爪楊枝に刺して渡してくれた。
僕はそれを受け取り口に放り込む。確かに美味い。あと、テレビで料理愛好家が作ってて真似したこともある。

「で、お兄ちゃん、この先の予定決まったか?」
「あ、いや、行ったん戻ります。」
何もしていないけれど少し疲れてしまった。お腹も満たされてしまって、今は眠い。
店を出る前に、一つの疑問をぶつけてみた。
「あの餅のやつ、誰が考えたんですか?美味しかったんですけど。」
「アレも皆んなで話して決めたんよ。なっ?みよちゃん、婦人会だよな?」
「そうよー。」
後ろの席でテレビを見ていたおばさんが僕らの席の横に来た。
「その頃みんな韓流ドラマにハマっててね。正月に余った餅があったから作れないかなと思って。」
「何をですか?」
「トック。」
そうだ!トックだ!どこかで見たことあるなと思ったんだ!食べたことないけど。
「それで豚肉と合わせてね。肉と。」
「あっ・・・にっくトック丼・・・。」
おばさんはニヤリと笑った。

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