Gestalt & Tautology(タカタカコッタ)
ルトゲシュタルトゲシュゲシュタルトゲシュゲシュタルトル
〜シャロンベノコフ交響曲第3番合唱:崩壊のトートロジーより
「細川ゲシュタルトちゃーん、どうぞー」
ゲシュタルトの耳がピンと張ったので、ゲシュタルトの耳はピンとした。ゲシュタルトはゲシュタルトにしては珍しく2日前から腹を壊し、ゲシュタルトの肛門からゲシュタルトの下痢を垂らしていた。元気のないゲシュタルトを心配した母親が「ゲシュタルトが心配だからゲシュタルトをゲシュタルトのかかりつけの動物病院へ連れて行け」と言ったので僕はゲシュタルトをゲシュタルトのかかりつけの動物病院に連れて来た。
ゲシュタルトは久しぶりのゲシュタルトのかかりつけの動物病院に入るとすぐにゲシュタルトの鼻からゲシュタルトの鼻水を垂らした。ゲシュタルトの鼻水はしゃびしゃびだったので、あぁ、ゲシュタルトの鼻水はしゃびしゃびだなと思った。普段ゲシュタルトの小さな黒い鼻は台所のように湿っていて、そのゲシュタルトの鼻を触るたびに、あぁ、台所のように湿っているなと思うのだが、ゲシュタルトがゲシュタルトの体調を崩してからは、ゲシュタルトの鼻は乾燥していたので「ゲシュタルトはゲシュタルトの鼻が乾燥しているからゲシュタルトは体調が悪いんだわ、それにゲシュタルトは生あくびもしてるし」と母はゲシュタルトを心配していた。僕もゲシュタルトを心配していたが、同時に生あくびという酷く感覚的な語感にしばらく固執してしまっていた。
診察室に入ったゲシュタルトはステンレス製の診察台の上にゲシュタルトの四肢を踏ん張ってみせたが、その四肢は小刻みに震えていた。ゲシュタルトの乗ったステンレス製の診察台は診察室の灯りを鈍く反射させていてその反射の模様が黄身の無い目玉焼きのように見えて、僕は、あぁ、黄身の無い目玉焼きみたいだなと思った。ふとゲシュタルトを見るとゲシュタルトはゲシュタルトの乾いた鼻からゲシュタルトの薄くてしゃびしゃびの鼻水を垂らし、そのゲシュタルトの薄くてしゃびしゃびの鼻水が丁度目玉焼きの白い部分にぽたりと落ちた。
白衣の袖を捲っている動物医の上腕は毛量が多く、その毛は節くれだった無骨な五指の先にまで至っていた。動物医はゲシュタルトを横向きに寝かせ、ゲシュタルトの全身を手のひらで撫で回し、ゲシュタルトの腹のところで手を停止させ、すぐにまたゲシュタルトを撫で回し、最後にゲシュタルトの肛門に体温計を挿した。ゲシュタルトはゲシュタルトの肛門に体温計を挿されると、キャンとひと声発したものの、その体温計がゲシュタルトの肛門から抜かれるまでとても静かに硬直していた。お利口さんに診察を終えたゲシュタルトはとてもお利口さんだった。
診察が終わり動物医はゲシュタルトは腹を壊していると言い、僕はそのようですねと答えゲシュタルトの診察は終わった。
受け付けの前のソファーに座り、膝の上にゲシュタルトを乗せて会計を待っていると、ゲシュタルトと同じ犬種の犬が入って来た。ゲシュタルトはゲシュタルトと同じ犬種の犬を一瞥しただけでそれ以上の興味を示さなかったが、ゲシュタルトと同じ犬種の犬はゲシュタルトに興味を示したようで尻尾を何度も何度も振っていた。感情と直結している尻尾の動きを眺めているうちに僕はなんとなく胸が苦しくなってきて、ゲシュタルトの腹を撫でた。ゲシュタルトは僕に腹を撫でられていて、ゲシュタルトと同じ犬種の犬は僕とゲシュタルトの前で何度も何度も尻尾を振っていた。
受け付けの動物看護師に呼ばれて会計を済ませ、ゲシュタルトの薬をもらってゲシュタルトのかかりつけの動物病院を出た。抱いていたゲシュタルトを地面に下ろしたがゲシュタルトは歩こうとしなかったので、ゲシュタルトを抱いて駐車場へ向かった。僕の腕にゲシュタルトの鼻先が当たって少しだけ冷たかった。ゲシュタルトの鼻先は台所を思わせる冷たさで、僕は台所の冷たさを思い出し、あぁ、台所はゲシュタルトの鼻のように湿っていて冷たい場所なんだなと思った。
ゲシュタルトを助手席に乗せた。ゲシュタルトはゲシュタルトの体を丸めるようにして助手席に乗っているので、ブレーキの具合に注意して運転しないとゲシュタルトが助手席から転げ落ちてしまうのでブレーキの具合に注意して運転することとした。発車しようとした時に母から電話があった。ゲシュタルトの心配をしていたので、腹を壊していると答えた。
車の中から動物病院を見るとゲシュタルトと同じ犬種の犬が何度も何度も尻尾を振っているのが見えた。ゲシュタルトと同じ犬種の犬ではない犬に尻尾を振っているようだった。ゲシュタルトはゲシュタルトの尻尾を鼻先に丸め上目遣いに僕を見ていた。僕はゲシュタルトが助手席から転げ落ちないように注意して発車した。ゲシュタルトは今腹を壊している。僕は、あぁ、ゲシュタルトは今腹を壊しているんだなと思った。
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