海とてんとう虫の二行詩の様な物語(タカタカコッタ)

海を見たい。
箪笥の下の畳がこんなにも青いから。

煤けたバスに乗って岬へ行く。
ただし岬行きのバスがあれば。

曇天ならなおのこと。誰もいない岬。
岬行きのバスは岬に着くはず。

岬に着いたら海よ。
ロータリーを永遠に周回するバス。

「てん!」

潮の匂い。錆びた鉄器のような。
海鳥の影。あの二羽は仲が悪い。

岬の突端に立って海を見下ろすの。
海が私を見上げる前に。

波が崖にぶつかって滅茶苦茶に割れて。
白いあぶくをぶちまける。

笑わずに、その海になんでもいいから捨てなさい。
例えば、箪笥とか、畳とか。

「とう!」

風が強ければ長い髪を顔中に巻きつければいい。
ついでに口にして。冷たい舌に巻いて。

岬は良い、とっても良い。
岬になりたい、なら、生まれ変わって。

虫になるのよ。虫。
小さな卵をぎっしり産みつけるタイプの、虫。

派手な色、地味な色。毛虫は美容院へ行って。
虫の翅を広げてみて。 

「虫!」

背中が割れて、左右に開いて。
関節の様なものが伸びる時の感覚。

きっと、音。虫だけに聞こえる音。
翅が広がる時の、ロマンチックな、音。

六本の足から自重が消滅する一部始終。
点に近い脳の裏に焼き付けながら。

岬の突端にはきっと黄色い花があるから。
その花先にとまって。見据えて。

「てんとう虫!」

飛ぶ。
飛ぶ。

「てんとう虫!」

風に乗って飛ぶの。傘につかまって飛ぶの。
箒に跨がって、飛ぶの。

海のあぶくの呻き声。
半透明の翅、その駆動音。

「てんとう虫!」

海は想像した以上に汚いから、こんなもの。
凹面鏡の誤魔化しと思えばいい。

点に成るまで飛んで。
誰も気付かないくらいの点に成るまで。

「てんとう虫!」

点は気楽だから。点になれば気楽だから。
点には点以下の脳しかないから。

気の遠くなる密度。点の集合体。
ぎっしり産みつけられた卵。

「てんとう虫!」

青い無精卵。赤い有精卵。 
卵子も精子もごちゃ混ぜにて。

海のあぶくみたいに。
攪拌した卵の白身。

「てんとう虫!」

海。母なる海。
箪笥の下の、母なる海。

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。