正気のブタさん(puzzzle)

 夕飯を終えると撮りためたテレビジョンを鑑賞する。そして、洗濯物かごからパンツを一枚引っ張り出した。
「手持ちブタさん」
 彼女は小さく笑った。
 日中は労働だと称してPCの前でカタカタとキーボードを打ち、グリグリとマウスを動かしている。どうも画面を見ながらじっとしているという行為が苦手になってしまった。なにか手を動かしていないと画面を見つめていられない。飯を食いながら酒を呑んだ。腹は満たされ、これ以上呑んだら寝てしまう。まだまだ眠りたくはないのだよ。テレビジョンをつけるとそこにはおあつらえ向きの洗濯物。家事の中でも無音で遂行できるためテレビジョンとの親和性が高い。きっと彼女はじっとテレビジョンを鑑賞していられない俺に気づいて、そこに洗濯物を仕掛けている。いいだろう。その作戦にまんまと嵌ってやる。「手持ちブタさん」だと笑うがいい。どうせ俺はじっとテレビジョンを観ていることができない病なのだから。
 番組の一枠って30分でいいよね。仕事を終えて酒に漬け込んだ脳みそで60分番組は厳しい。そのままウトウトと眠ってしまったら翌朝にはまた労働が待っている。いかんいかん。まだ眠ってはいかん。飯と酒に30分。テレビジョンに30分。そして、自室でウダウダと時間を引き延ばしてから眠りにつきたい。テレビジョンとの30分間で睡魔を打ち倒すためにも、手先を動かして多様な形状の衣類と格闘する。この作業はなにかと都合がいい。
 どうにか覚醒した脳で自室に籠ると、ふと疑問が浮かぶ。ところで「ぶたさ」とはなんだ。カタカタとキーボードを打ち、エンターキーを引っ叩いた。

 もしかして:手持ち無沙汰

 俺は目を丸くする。そして、割と間違えている輩が多いという事実を知る。ご無沙汰のほうか。正気の沙汰ではないのほうか。彼女はその事実を知っていながらこの俺を「手持ちブタさん」だと笑っていたのだろうか。いや、きっと彼女もこの国に一定数存在する「割と間違えている」側のニンゲンだったに違いない。俺はこの事実を得意げに彼女に告げるだろうか。否、それはないだろう。その日を境に俺の「手持ちブタさん」は消えてしまう。膝の上に乗る程度の球体に近いピンク色の子豚を思い描いたこともあった。「手持ちブタさん」として売り出せばそこそこのニーズはあるのではないか。
 夕飯を終えると撮りためたテレビジョンを鑑賞する。そして、洗濯物かごからパンツを一枚引っ張り出した。
「手持ち無沙汰」
 彼女は小さく鼻で笑った。
 そんな日々には耐えられない。俺は「手持ち無沙汰」なのではない。「手持ちブタさん」なのだ。大切なことだからもう一度言う。いや、大切なことは何度でも繰り返したほうがいい。

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