解放区(puzzzle)

 おまえらは俺をメタセコイアに縛りつけて頭にリンゴを乗せる。娘は右目を瞑って弓に矢をつがえる。遠藤兄弟はローティーンとは思えない力で、俺を縛った綱の両端を引っ張り続けていた。メリメリと俺に食い込む綱、とは言えこっちは大の大人、こんな餓鬼二匹の力なんてどうにかなるはずだった。それでも肩に刺さった矢が疼き、力を込めることが許されない。
 娘が親に向かって矢を放つとはなにごとか。リンゴを外して肩を射貫いたのは、まず力を奪うためか。連立方程式も解けないおまえが、そんな頭を働かせるとは思えない。そもそも何故こんな目に遭わなければならない。
「連立方程式も解けないおまえを小馬鹿にした罰か?」
 娘は問いかけに答えず、口許に笑みを浮かべ、ゆっくり弓を引いた。
 近くで女の叫び声が響いた。反射的に視線を運べば桜に縛られた女が頭にカボチャを乗せている。
「酢の物を食べきるまで遊びに行くなと言ったせいか?」
 矢は遥か頭上に刺さる。
「なるほどですね」
 カボチャを射貫けなかった小僧は呟き、綱を引く小春姉妹はブーイング。
「次、また私ね」
 娘が答えた。まっすぐ向けられた視線。これはゲームなのか。親を縛り付けて、頭上の果物を射貫くという最新の遊戯。それにしては娘が不利でないか。相手はカボチャでなんでこっちはリンゴなのか。
 サコンと派手にキノコの柄を切り落としたような音がしたかと思えば、耳を掠めた矢が幹に刺さった。俺は目を丸め、娘は嗚呼とため息を漏らす。
 おそらく頭上のフルーツを先に射貫いたほうが勝ちというルールだろう。カボチャ小僧の矢は女の太ももを刺す。まったく下手糞だな。うちの娘のほうが遥かに上手い。だからこっちはリンゴなのだろう。娘の矢は俺の目を貫いた。
「一〇〇点じゃね?」
 遠藤弟は声をあげる。俺はそれ以上の声をあげ、女のそれは悲鳴だった。
 どちらかのフルーツに矢が刺さった時、ゲームは終わる。その時、娘は何を思うのか。負けたら「パパのせいだ」なんて言うのかしら。勝ったらハイタッチなんてしてくれるかしら。満身創痍の俺はどうすればいい。
 続くカボチャ小僧の矢は届きもしない。悲鳴を上げ続ける女に戦意喪失か。娘がリンゴを射貫く前に敗けを認めてしまうのではないか。小春姉妹は鼻に皺を寄せてブーと飛沫を飛ばした。その顔が妙に愛らしくて思わず顔が綻ぶ。次の瞬間、俺は光を失っていた。
「二〇〇点じゃね?」
 遠藤兄の声が響く。縄は解かれ、ハイタッチの音が二度響いた。眼球を貫いた二本の矢が俺を固定し、身動きが取れない。なんとか肩に刺さった矢を引き抜くことはできたが、脱力感につつまれ今に至る。
 俺は一〇〇年も前からここにに立っているメタセコイヤなのだ。時折、かつて大の大人なんてニンゲンだっような嫌な気持ちにさせらせる。浸水を免れた公園で、子どもたちは今日も遊んでいる。甲虫に枝を突き刺し、満面の笑みで無慈悲に遊んでいる。

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