うずまく・とける(カズタカ)

怒りとも悲しみともつかない感情をもって足元を見つめている。
正しくは、先ほど足元に落としたソフトクリームを見つめている。
少し前までは渦を巻いて手元にあったそれは、今では地面(と一部革靴)の上にあり、徐々に形を無くしていっているのだ。
このままいけば数分後には液体になり、帽子よろしく乗っているコーンだけが残るだろう。
タイルの目地に反って白い液体が流れ出し始めた。

このサービスエリアに来る度に気になっていたのだ。休憩がてら立寄り、トイレに行った後、何を買う訳でもなく売店の方へと向かう。お土産売り場をぐるりと回り、一応、フードコートのメニューも眺める。あるのだ。そこにソフトクリームの貼り紙が。今年の夏は暑かった。去年もそう言っていたかもしれないけれど、今年は特に暑かった。車から出てトイレに向かうその少しの時間だけでも焼かれるような気持になる。そこに飛び込むソフトクリームの文字。食べたい。久しく食べていない。元来甘いものは好きだ。いや、ソフトクリームに限っては甘いものが苦手な人でも好きなのではないだろうか?幼少期から刷り込まれたように、あの魅力的なフォルムに惹きつけられる。加えてあの冷たさだ。かき氷のように頭がキーンとはしない。滑らかで優しい。心を丸くしてくれるようなフォルムと甘さと冷たさと。そしてコーンの香ばしさ。バリバリとした食感、にまたクリームと交互に。舐めながら舌でコーンに少し押し込む。そうすると最後までクリームを楽しめる。けど、根元までくると結局一口に放り込んでしまう。コーンとクリームのそれぞれの甘さが口に広がる。そして喉が渇く。結局ドリンクが欲しくなる。ああ、思い出してきた。しかし最近太り気味なのだ。今は何時だ?14時。こんな中途半端な時間に食べていいのか?ダメだ。なぜなら少し前にとんかつ定食を食べたからだ。車を運転していただけで全くカロリーが消費されてない俺に許される訳がない。いや、待て。思い出せ。午前中の打合せを。これまで通った甲斐あって新規案件を貰えたじゃないか。お客さんも「いつも注文少ないのに通ってくれてるからね。これチャレンジしてみる?」と言ってくれたじゃないか。これまでの活動を評価してくれたじゃないか。これは一つご褒美として買ってもいいんじゃないか?夕食を少し控えて帳尻を合わせればいいんだ。

「すいません。ソフトクリーム1つ。」

逡巡から決断までは早く、レジ前にいた。心なしか靴のかかとが鳴った。
奥からソフトクリームが運ばれてくる。
その儚い存在を恭しく受け取り回れ右して出口に向かう。
車に戻って食べようと思ったのだ。スーツ姿の小太りがソフトクリームを食べている姿を隠したかったのか。
否。誰にも渡したくないという気持ちの表れと、もちろん暑いからだ。

車まで戻る僅かな距離。その間にスマホが鳴った。
スマホはカバンの中だ。
昨今は会社のセキュリティ対策が厳しくなり、休憩中にカバンを車中に置いておくことを禁じられている。
日本のサービスエリアで車上荒らしなど・・・と思う油断がいけない。
万が一があり責められるのは自分だ。
俺は真面目で臆病なのだ。
スマホを取り出したいが片手にはカバン。
もう片手にはソフトクリーム。
まずカバンを手首にかけ、今空けた方の手にソフトクリームを渡す。
そして先ほどまでソフトクリームを持っていた手でカバンからスマホを取り出す。
スマホがどこかに引っかかりカバンが揺れる。
なんとか無事に取り出し着信に応える。
「はい!もしもし。お疲れ様です。・・・・はい。」
車に向けて再び歩き始める。カバンが重い。
手首にかかったカバンの位置を変えようと腕に力を込める。再び揺れるカバン。
その反動で、
ソフトクリームが、
落ちた。
「あっ!!」
白く柔らかい塊はつま先を掠めて地面に墜落した。手には空のコーンが残った。
「すいません・・・。かけ直します。」といってスマホを切った。
一度辺りを見回し、先程まで手元にあったソフトクリームに視線を落とす。
まだ一口も食べていないソフトクリームの無残な姿を見て悲しくなった。
と、それを猛スピードで追い越すようにタイミング悪く鳴ったスマホに腹が立った。
けれどもスマホを投げる訳にもいかず、左手に持っていたコーンを刺した。
地面に落ちたソフトクリームの上に、雪だるまにバケツでも被せるように勢いよく刺したのだ。
あわよくば掬い上げることができるんじゃないかと思わないでもなかったが、
タイルの目地に挟まった小石ごと掬ったところで、
そんなトッピングを食べることは適わないのを一瞬で悟ったので無駄なことはしなかった。

俺は大人だ。これくらいのことで泣いてはいけない。ましてやこのまま無視して立ち去る訳にもいかない。ティッシュ、は無理だ。葉っぱ、は落ちてないな。それにしてもあの電話さえなければ・・・。部長め。何が「お疲れ様。」だ。労をねぎらう気もないくせに。そのつもりがあるならソフトクリームを持っていない時にしてくれ。俺は今彼から労われるはずだったのに。ん?彼女か?あぁ・・・ソフトクリーム・・・。「明日の会議の資料いつできる?」じゃないよまったく。期限は三日後だったじゃないか。「いつできる?」っていうなら三日後だよ。遅れたことなんて一度もないだろうに。なんでそんな探るような聞き方するんだ。「申し訳ないけれど資料一日早めることできない?」とか聞けばいいじゃないか。首のボタン閉まらないワイシャツ着やがって。ユニクロのか?ジャージ素材の。あれ便利だよな。楽に着れる。その楽に着れるのの首が閉まらないってどういうことだ?クールビズにかまけやがって。って、暑い!!!

ものの15秒くらいの思考。
やり場のない怒りが駆け巡って、頭の中で思い描く部長は床に叩きつけられていた。質が悪いのは溶けずに残ることだ。
溶け切るまで待つかと考え暫く待ってみたものの、いくら暑いからといって一瞬で溶けたりはしてくれなかった。
仕事もある。暑い。ここに立ち尽くしている訳には行かないと思いはじめた。

コーンだけ拾い上げゴミ箱に向かう。
トイレに向かい、途中にあるごみ箱にコーンをぶち込む。
トイレの個室からトイレットペーパーを巻き取る。
靴を拭き、トイレに流す。
洗面台で手を洗う。
部長を呪いつつ、フードコートに向かう。
心の中で「すいません。」と言いつつ、水を紙コップ二つ分注ぐ。
踵を返し、ソフトクリームだったもの(いや今もソフトクリームではあるのだけれど)のところに向かう。
紙コップの水をソフトクリームの上流からかけ押し流す。
お湯の方が良かったと自分の頭の足りなさを悔やんだ。

ソフトクリームは完全に流れはしなかったけれど、何らかの処理がなされたその箇所を見て人は思うだろう。「あ、なんらかの処理をしたんだな。」と。許してくれるはずだ。子供に見られても恥ずかしくはない。大丈夫だ。大丈夫。もう一個買えばいいのだ。え?もう一個買えばいいのか?そうだ。買えばいいのだ。何せ大人だ。450円をもう一度払うことくらいできる。夕食は立ち食い蕎麦か何かで安く済まそう。もう一度買うのだ。ソフトクリームを。

再びフードコートに向かった。紙コップ二つをクシャクシャにして。
時刻は14時15分を回ったところ。
サービスエリアの駐車場に日影はまだない。

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