「 」(インターネットウミウシ)

 江戸、品川の鈴ヶ森。当時ここには死罪となった罪人を処刑する、鈴ヶ森刑場がございました。
 磔、火焙り、獄門が行われ、斬られた首はすぐ近くの泪橋に運ばれて晒されたそうです。
 
 品川といえば、東海道の第一宿。言ってみれば、江戸の玄関口でございます。
 宿場の辺りは、北や南から流れ着いた有象無象が溢れております。

おい。


 宿場と刑場を繋ぐ泪橋に、一人の侍がやってきました。
 男の名前は本多彦


おーい。

あ、やっと見えた?手、止まったね。
ずっと話しかけてたんだから。
なんか遮っちゃってごめんね。
でも気づいてもらえただけでもうれしいよ。
ありがとうね。

俺は 。
普段はさ、色んな文の1行目の1文字目にいるの。
ほら、あんたのその「江戸、品川の〜」ってやつの先頭のとこ見て。
あれ、俺ね。
その後も5回俺でてきてるからね。
もう1回見返してみ。

なんで急に文字になって喋ってるのって思ってるでしょ?
俺も思ってる。
だけど、なんかわかんないけどさ、せっかくの機会だし、今日は顔と名前だけでも覚えて帰ってもらえたらさって、なんかあれだね。漫才の導入みたいなこと言っちゃってるね。

いやね、俺だってあんたが書いてる最中に申し訳ないとは思ってるけどさ、少しだけ、少しだけでいいから、話さない?

俺は普段は って名乗ってるけどさ、これ師匠からもらった名前で。
本名は、  って言うんだ。
弟子入りした時に1文字だけ残って、 。
なんか、千と千尋っぽいよね。
ちなみに師匠は 。この名前が羨ましくてさ。
いつか継ぎたいんだよね、 。俺ももっとがんばんなきゃな。
あ、そういえばさ、漫才の導入でたまに「がんばっていかなきゃなぁと思ってるんですけど」って言うことあるけど、あれなんなんだろうね。
なんで出てきて早々に反省してるんだろうね。
ごめん、話逸れちゃった。

あのさ、そっちはさ、俺のこと「字下げ」とか、「インデント」とか呼んだりするでしょ?
あれ、納得いってないんだよね。
なんかwiki見に行ったら「行頭に空白を設ける」みたいなこと書いてあってさ。びっくりした。
もうあれ見た晩は荒れたね。すごい荒れた。呑んだし、呑まれた。

だってさ、俺「いる」んだよ。
だけどなんでみんなは「空く」って言うんだろうね?
空いてはいないから。
ずっといるから。
 、ちゃんとここにいますからね。
いるのに、いないことにされるのは、ちょっとね、堪えるよ。

もうちょっとさ、俺の気持ち考えて欲しいなって思う。
昔、道徳の授業ってあったじゃん。
あれで「Aさんはどんな気持ちだったでしょうか、班になって考えてみましょう」みたいな問題あってさ、みんなで話したりしてたじゃん。
あれ、今やって欲しい。
班になってみんなで俺のこと考えてほしい。

あとさ。そもそもなんだけど、最近使ってもらえないこと多くて。
ブログとか、Twitterとかさ。
もう、1文字目に俺を入れるのとか、ちょっと古いみたいに思われてんのかな。

そりゃあ師匠に弟子入り志願した時もさ、「この仕事は絶滅危惧種だ」って口すっぱく言われたし、いざ入門してみたらやっぱりすごく実感した。
でもさ、自分がやりたくて選んだ道だから後悔はないんだ。
そりゃあ、親からも散々言われたよ。
ほとんど勘当というか、そんな感じでさ。
「 になってどうやって食ってくんだ。 で食えるやつなんて一握りしかいないんだぞ」って何回も言われた。
でも、俺にはもう、これしかないって思っちゃったんだよ。
師匠の「 」を最初に見た時に、もう自分の道がさ、決まっちゃったんだよ。
それで18の時に、家出するように「 」行きの夜行バスに乗って。
誰にも今日出てくとか言ってねえのにさ、おふくろが立ってんだよ。
バス停の、すぐそばの、柱の影でさ。
バスが走り出したら、おふくろバカみてえにぶんぶん手振ってさ。
俺も目ぇ合ってんのにさ、なんか気恥ずかしくて、手振れなくて。
バスが高速入った時に、ナップザック開けたらさ、封筒が入ってて。
ほんと、いつの間に入れたんだろうな。
手紙と、 万円札 枚。
きっと、へそくりだったんだろうな。
手紙には「あなたは決してあきらめない強い心根を持った人です。そしてあなたは誰よりも努力家で、いつも人に見えないところで頑張っています。ただ、周りが見えなくなってしまうことがあるので、そこだけは注意してください。時には「今日はもういいやー」と自分を甘やかして、気持ちを切り替えて夢を叶えるために頑張ってください。大丈夫、あなたは強いです。」って書いてあってさ。なんか今読み返すとしいたけ占いっぽいけど、この手紙、今でも宝物でさ。

それでっていうのも、あれなんだけどさ。
今日は、どうしてもやっておきたいことがあって。
これだけ、これだけやったらいなくなるから。
もう邪魔しないから。いい?
うん、ありがとう。
あのね、このあいだ中国の映画見たらエンドロールでスペシャルサンクスのところに「鳴謝」って書いてあって、なんかすごい良いじゃんって思ったの。
「鳴謝」よくない?「鳴謝」したいし、されたくない?
だからね、今日はちょっとこの場を借りて、お世話になった方に感謝を、いや違う鳴謝をね伝えようかなって。
お名前だけね、ズラッと出そうと思う。

 

SPECIAL THANKS 鳴謝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上。いやぁ、壮観だね。
なんか今まで関わってきた方の名前がズラッと並ぶと、ちょっと泣けるというか。まぁ正直、泣いてるんだけどね。
やっぱさ、俺ってひとりで生きてきたんじゃないんだな。
たくさんの方に支えられての今なんだなって思う。
みんな、本当にありがとうね。

じゃあ、俺そろそろ戻るね。
多分、もうこんな機会はないだろうから。これっきり。
さよならってなんかいつも寂しいよな。
俺あんま好きじゃないんだけど、さよなら、しなきゃだよな。
だけどさ、話せてうれしかったよ。
話、聞いてくれてありがとうな。
俺のこと、たまに思い出してくれよ。
本を読んでる時とか、手紙を書く時とか、書類作ってる時とかさ。
「空ける」じゃなくて、「いる」って、そう思ってもらえたら、それだけでうれしいんだ。
邪魔して悪かったね。
なんかそっちは今、大変なんだよね。
身体には気をつけて、乗り切ってくれよな。

それじゃ。

 

 

 

 

 

問題:「 さん」は、何を一番伝えたかったのでしょうか?文章をよく読んだあとに、班になって考えてみましょう。

答え:

 

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。