落ちる(吉田髑髏)

 だいぶ落ちたと思ったが、高層ビル4階だ。高橋は5階だから僕より落ちている。先に落ちるのは良くなかった。反省しても後には戻れない。

 恋に落ちる、を行動で示す法律が制定されてから、老若男女落ちた。落ちるのはいいが、保険適用外。当然死んでも何も得るものはない。自己責任社会なのだ。

 各道路の路肩に白線で「ビル10階相当」と書かれる様になったのは、落ちる、を安全に簡素化するためである。道端から路肩でポンを落ちれば、白線で記載された高さを落ちた事と同じになるのだ。この形式的な、落ちる、の普及により、死傷者はぐんと下がった。恋で人類が滅びる訳にはいかぬ。

「悪法をなくせ」

 有識者からはそんな意見が出ているが、道路白線引き業者と政府のくんずほくれずの関係からして法律は、例え人類が滅びても、なくならないだろう。

 では、僕と高橋は何故にビルから落ちたのか。同じ人に恋に落ちたからだ。

「またライブ来てね。大好きだよ」

 初対面の僕に、大好き、なんて言ってくれるアイドル。おらへんやん。どうやら高橋も同じ事を言われたみたいだ。

 その日から競う様に物販や自主CDを買った。推しならば仲間になれたのかもしれない。が、恋をしてしまったのだ。高橋にどうしても勝ちたい。

 カウントダウンライブの帰り、物販のタオルマフラーを僕より2つも多く買った高橋に僕は言った。

「どちらが恋に落ちているか、はっきりさせようか」

 結果は完敗だ。遠ざかる意識の中、僕らを青ざめた顔で見つめるアイドルを捉えた。隣にはホストっぽい中途半端なイケメンに寄り掛かっている。どれだけ落ちても片想いでは英雄になんてなれないんだよ。笑おうとしたところでブラックアウト。


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