炭酸怪談 (井沢)

「ウィる、ウィらない、ウィる、ウィらない、ウィる」
花占いをするウィル・スミス。
「はあ……」
「何回やっても俺はウィル・スミスってわけか」
軸だけになった花を投げ遣るスミス。
花が落ちた砂地にクーラーボックスが埋もれている。
かたかた、かたかた、と音がする。
あれっと思ったけどやっぱり聞こえる
かたかた、かたかた、
「いやだなあ 怖いなあ」
ビビるスミス。
銃でクーラーボックスの鍵をぶち開けると
キンキンに冷えた瓶が詰まっていた。
「お、炭酸か」
歯でウィルキンソン・ジンジャエール瓶の王冠を開ける。
開かない。
開ける、開かない、開ける、開かない。
「どうしたんだ、ベイビー。拗ねてないで開けてくれよ」
懇願するスミス。
「OK、俺はウィり疲れて日本に来たものの瀬戸内海の無人島に流れ着いちまった。そこには誰もいないけどどうだ、おまえがいた。運命的さ。」
「塞ぎ込むな。お前だって栓を抜かれたい。そうだろ?」
懐柔するスミス。
「世界中に俺みたいに “ウィる” か “ウィらない” か選択を迫られているものがある。そう、キンソン……君もだ!」
ウィルキンソンシュワァァァ
喉ならすスミス。
うまい。JAPANの炭酸うまい。痛い。
ウィるって、いい。
瓶から滴り落ちた水滴が足元のケーブルに落ちる。
ケーブルは机に固定されているマイクに繋がっていた。
もしかして、これどこかに繋がってるのか?
マイクのスイッチを入れてみる。
きいんとハウる。
「どうも、ウィルスミスFMです」
FMです FMです
島のどこからか自分の声がこだまする。
どこかにスピーカーがある。
助けが呼べるかもしれない。
「今週の100曲カウントダウン」
ダウン ダウン
「リクエストも来てないのに?」
「誰だ」
「あたしよ」
バレーボールだった。
Willson と書いてある。いやそれはだめだろう。『キャストアウェイ』のやつだろう。トム・ハンクスのやつだろう。
「あいにくだけど、親友なら間に合ってる」
「あの瓶の奴?あんな炭酸野郎のどこが…」
「ウィルのソン」
「あっ」
「お前のウィり場はここじゃねえ!」
「何を」
「友人のトムによろしくな」
な に合わせて、バレーボールを空高く打ち上げる。
曇り空のグレーに白いボールは見えづらい。
老眼もきている。
同じ瀬戸内の無人島にいるトム・ハンクスに届いただろうか。
クーラーボックスのウィルキンソンが飛び跳ねている音がする。
かたかた、かたかた、
「そうだな。どうするかなんて決まってた。俺、ウィる。」
ウィる ウィる
ウィルキンソンシュワァァァ

そこで目が覚めた。
自宅のソファだった。
水滴の落ちきった炭酸瓶の向こうで『キャストアウェイ』のDVDがメニュー音を繰り返している。
それでね、風もないのに表の柳が揺れて、あのバレーボール女の声がするんですよ。
ウィろう…(Willow)
開け放たれた窓からバレーボールが飛び込む
カリフォルニアと瀬戸内の青空が溶け合って

文芸ヌーは無料で読めるよ!でもお賽銭感覚でサポートしてくださると、地下ではたらくヌーたちが恩返しにあなたのしあわせを50秒間祈るよ。