オープン・ザ・ (カズタカ)

頭が痛い。
完全に飲み過ぎたようだ。
ゆっくりとした動きでリビングに行くと、人のいる気配は無かった。
妻は出かけたのだろう。
どれかの電化製品から発せらるジーという音が聞こえる。
ウォーターサーバーから水を汲み一気に飲み干した。
ゴボゴボという音が、水を胃に流し込んだことを証明してくれるようだった。
そのままコップを流しに置き、よろよろとレザー風のソファーに身体を預ける。
動きたくない。

昨晩はそんなに飲んだっけか?
ちゃんと電車のある時間に帰ってきたのに。
週末だったから少し気が緩んでたのかもしれない。
そうだ、コーヒーを飲もう。
コーヒーは血管を拡張させてくれるらしい。頭痛も治まるかもしれない。
この頭の痛みから解放されるなら少しぐらい動こうじゃないか。

電気ポットのスイッチを入れる。
その間にマグカップを出し、インスタントコーヒーをカップに入れる。
普段は豆を挽くのだが、今日はそんな気力は無い。
何かの為に買っておいたインスタントが役に立つ。
湯が沸きカップに注ぐ。マグカップを軽く回して遠心力でインスタントコーヒーを溶かす。

それにしてもキッチンに余計なものが置いていない。
食器は全て収納されて外から見えないでいる。
綺麗好きな妻のおかげだ。買い物にでも出かけたのだろうか。

頭が痛い。
頭痛は苦手だ。
妻は頭痛の時でも動いているので「なんで大丈夫なの?」と訊いたことがある。
「私は傷みに強いのよ。」
そう言っていた。
「痛くてもやらなきゃいけないことあるし。」
そりゃぁまあそうなんでしょうけれど・・・。
この痛みに耐えられるなんて事があるのだろうか。

外から大通を走るトラックの音が聞こえる。それと、子供の話し声。
部屋の中に音が無いということに居心地の悪さが生まれてきた。
テレビのスイッチを入れる。
例の鑑定する番組の再放送がやっていた。
「もう一時なのか。」
このご長寿人気番組は、地方では休日の昼間にやっている。
鑑定品が偽物となった時の依頼者の顔は見ていられない。
悔しさとかではなく、どちらかと言えば恥ずかしさが勝っていることが多いように思える。
この日まで「こんなに良いものを持っているんだぜ」と心に抱いて意気揚々と生きてきたのに。
そんな顔は見たくないから、出来れば本物であってほしいと願う。
いや、実際は何も思わず見ているのだけれど。

一時か…。
こんな時間に妻はどこに出かけているんだろう?
昼食を食べた形跡も見当たらない。
食器などは綺麗に片付けられている。
それどころか部屋に生気がない…。
そういえば、朝方に何か言われたような…。
もう出かける…?もう出て…?

不安になって辺りを見渡すと、本棚に飾られていた写真たてが伏せられていた。
外からカラスの鳴き声が聞こえる。
ソファーから身体は起こしたものの立ち上がれずにいた。
「オープン・ザ・プライス!」
司会の男が叫ぶと、鑑定額の表示が一、十、百、と開いていく。
カラスの鳴き声がそのリズムに重なった。

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