ココア&シガレッツ(puzzzle)

 ドアチャイムが鳴り、小走りに玄関へ向かう。ドアを押し開ければ、案の定、不機嫌な顔をした小僧が立っている。
「安定のゼロ個だ」
 俺たちはハイタッチ。小僧は何故かこの日になると俺のアパートを訪ねてくる。親父の再婚相手から出てきた義弟だ。
「まあ、入れよ」
 牛乳を温め直してココアを淹れる。卓袱台に二つのマグカップを置いた。俺は笑みを殺しきれない。
「そっちはどうなんだよ」
「抜群の安定感だ。おまえとは年季が違う」
 俺たちは卓袱台を挟んで、斜に構える。
「そもそも俺たちはクリスチャンではない」
「そうだな」
 俺は煙草に火をつけて、小僧の前にオリオンズココアシガレットを放った。あいつは卓袱台のボックスに顔をしかめて手に取ろうとしない。両手でマグカップを持ち上げて口へ運ぶ。
「菓子業界が仕掛けたものに過ぎない」
「そうだな」
 俺はクビを上げて天井に煙を吹き上げる。以前、機関車のようだと言われた。クジラのようだと言われたこともある。今年の小僧は黙ったままだ。
「まあ、一本やれよ」
 俺はココアシガレットを顎でさす。小僧はマグカップを置いた。チヨコレイトではないにせよ。こんな日に男から固形の菓子は受け取れない。気持ちは分からなくないが、ココアシガレットよりも牛乳で淹れたココアのほうがはるかにチヨコレイトだと思うのよね。
 小僧はボックスタイプのシガレットを一本引き出し、そいつを咥える。俺はライターを擦って差し出した。シガレットの先で小さな火を受けると、あいつは忌々しそうに噛み砕いた。
「ココアシガレットって特にうまくないよな」
「あんまココアじゃないし」
「ハッカ味も弱い」
「ハッカ味と言えば、サクマドロップスでレモンだと思ったやつがハッカだった時のショックはでかいよな」
「なんの話だ?」
「飴の話だ。サクマドロップス知らんのか」
「今日ばかりは菓子の話は止めにしないか」
「相撲でもとるか?」
「とるかよ」
 むつかしい年頃だ。俺にもそんな頃があった。絶対に相撲なんかとりたくないと分かっている。安定のゼロ個であることにさほど傷ついてもいない。俺は甘いココアを啜る。この日は素晴らしい。抜群の安定感を誇る俺だって、未だに僅かな望みを抱いている。
「来月になったら先に渡すってのはどうだ?」
「なんの話だよ」
「そうしたらさ来年お返しってことになるかもしれないぞ」
「なんの話だよ」
「大体受けとるのが先だから無駄な期待をするのであって」
 小僧は「なんの話だよ」を繰り返し、もう一本のシガレットを引き抜いた。俺はライターを擦って、もう一度小さな火を灯した。

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