ぼくのことを好いてくれるひとはみんないいひとだよ(葱山紫蘇子)

 ぼくのことを好いてくれるひとはみんないいひとだよ。本当だよ。藤元くんは家の前まで行っても水をかけてきたりしないよ。藤元くんはぼくの席の隣りの人で、クラスで1番仲がいいよ。いつも教科書を見せてくれるし消しゴムも貸してくれる。藤元くんはいつも何にも喋らないけど藤元くんは中条あやみが好きだよ、スマホの待ち受けにしてた。ぼくは藤元くんが好き。
 鷲原くんも好きだよ。鷲原くんはいつもぼくのことを褒めてくれるよ。マサオ、お前は中学3年になっても、とうとう九九を覚えられなかったが体が大きいし新聞配達もできるんだから大したやつだ、きっとおおものになれるぞ、知ってるか、おおものは気前がいいんだ、だからマサオ、今日もファミチキ奢れな、って。ぼくはだから鷲原くんに毎日、ファミチキを奢ってる。ぼくは食べません。帰ったらお母さんがおやつのおにぎりせんべいと晩ごはんを置いてくれてるから。晩ごはんはカレーだよ。ぼく、晩ごはんはカレーしか食べないの。
 昨日は学校が終わって帰ろうとしたら、いつも廊下で待ってる鷲原くんがいなくて、鷲原くんのクラスに行ってもいなくて、あれーって思ってたら鷲原くんのクラスの人が、おいマサオ、鷲原は焼きそばパン食い過ぎて腹壊して早退したぞって教えてくれました。鷲原くんがいないので、ぼくはつまらないなと思って下駄箱のところに行くと、藤元くんが帰るところだった。ぼくは藤元くんがどこに住んでるか知らなかったから、ぼくは藤元くんがどこに住んでるか知りたくなってあとをついて行った。
 ぼくは藤元くんに気がつかれないように、離れて歩いたよ。なぜかと言うと、前に、一緒のクラスだった渡辺くんのあとをついて行ったら、家の前まで来た時に、ついてくんなと水をかけられたから。
 ローソンのとこまで歩いたら、藤元くんはローソンに入って行きました。ローソンにファミチキは売ってないけど、からあげくんが売ってあるので、ぼくはおおものだから買ってあげようと思ったので、ぼくもローソンに入りました。藤元くんはお店の中を一周して本売り場の所でしばらく本を見てた。ぼくは声をかけようかなどうしようかなとお酒売り場の所から隠れて見ていたら、藤元くんは中条あやみが表紙になってる本を手に取りました。そしてそれを自分のカバンに入れました。それから藤元くんはそのままお金を払わないでお店を出て行きました。たぶん藤元くんはお金を払うのを忘れてたんだと思う。ぼくはレジの人に、さっきぼくの友達があそこの本を買ったけどお金を払い忘れたからぼくが代わりに払います、って言って千円札を置いておつりは募金箱にいれてくださいって言って、また藤元くんを追いかけた。
 信号の所で藤元くんを追い越してしまって、藤元くんに見つからないようにまた少し戻ってぐるぐるしてたら、藤元くんがぼくに気がついて、話しかけてきた。なんだよ?って。
 ぼく、藤元くんの家がどこか知らないから藤元くんの家を知りたくてついてきましたって言ったら、藤元くんはなんで知りたいの?って言うから、だって藤元くんが好きだからって言うと、藤元くんはウザって言いました。
 ぼくが、ぼくは藤元くんの家にこれから行きますって言うと。藤元くんは、決定なんだって言って歩き出したから、ぼくもついて行った。
 藤元くんの家は、ぼくの家よりも駅に近くて大きい家が多い所にあって、ぼくがいつも新聞を配達している茶色い家の隣だった。ぼくの住んでる長屋の4軒を4つ並べたくらい広くて、白くて四角くて小さい窓がちょんちょんちょんってあるとても大きい家だった。玄関扉が門からめっちゃ遠いんだよ。
 藤元くんもぼくの所の新聞をとってくれたらいいのになと思った。そうしたら、毎日、藤元くんのかっこいい家に新聞を届けに行けるから。
 藤元くんは、じゃあって言って家の門を開けたから、ぼくはその時思い出して、「中条あやみの本、お金払ったよ!」って言ったら藤元くんはぼくを見てまたウザって言って門をガチャンと閉めた。ぼくは藤元くんに水をかけられなかったからよかったって思った。その後は夕刊配達に行って、終わってから家に帰って、カレーを食べて、お風呂に入って寝て、目覚ましの音で起きて配達に行って、その時に藤元くんと藤元くんのお父さんに会いました。
 夜中から雨がざあざあ降っていて、雨合羽を着ると動きにくいから配達にちょっと時間がかかっていて、藤元くんのおとなりのお家に配達に行ったら、ガシャーンって音がして、見たら藤元くんの家の小さいガラス窓が1枚割れた音でぼく、ぼくびっくりした。藤元くんちに泥棒がいるのかなって思った。ちょっとこわかったけど、藤元くんちの家に近づいて見ていたら、藤元くんが家の中から転がって出てきて、ぼくはまたびっくりした。
 転がり出てきた藤元くんはひざを抱えてしばらく動かなかったけど、ぼくが藤元くんおはようございますって言ったらぼくを見てウザって言った。
 そしたら今度は藤元くんの家の中から藤元くんの顔に似たおじさんが出てきて藤元くんの上に馬乗りになって藤元くんの服の胸倉をつかんでなんかぶつぶつ言ってて、ぼくは、この人はきっと藤元くんのお父さんだと思った。ぼくのお父さんも、ぼくが小さかったころ、こんな風にぼくの胸倉をつかんだり首を絞めたり殴ったりつねったり蹴ったりしてたから。でも、あとでお母さんが、本当のお父さんはそんなことはしなくって、お父さんじゃなくても普通の人は誰かにそんなことはしなくって、もしまたそんな目にあったら逃げるんだよ、そんなことをされてる人がもしいたら、大きな声を出して助けてあげてねって教えてくれてたから、ぼくは藤元くんのお父さんに、新聞とってくださーい!って叫びながらぶつかりに行きました。ぼくがぶつかったら、藤元くんのお父さんは水しぶきをあげて道路をシャーって滑って電信柱に頭をぶつけて血がピューって出ました。
 藤元くんも一緒に見ていて、藤元くんは口から血が垂れていて、ぼくが口から血が出てるけど藤元くん大丈夫?って聞いたら、はははって笑って、おまえほんとウザいって言ってから顔をくしゃくしゃにして泣いてるみたいだったけど雨でびしょびしょだったからわかんない。
 藤元くんはそのあとすぐに、ポケットからスマホを出してどこかに電話をしていた。そしたら、藤元くんによく似てるきれいな女の人と小さい女の子が傘をさして出てきて、ぼくは藤元くんのお母さんと妹さんかなって思った。藤元くんがお母さんに、警察に電話したからもう無理だからもう我慢やめよって言ってた。
 ぼくは藤元くんのお母さんに「おはようございます!新聞とってください!」って大きな声で挨拶して、それから残っていた新聞を配達しに行きました。そんで、終わってから家に帰って、目玉焼きを焼いて、夜勤から帰ってきたお母さんと一緒に食べてから学校へ行って、あ、藤元くんはお休みだった。ケガひどかったのかな。そして昼休みにお弁当食べてたら校長先生に放送で呼出しされて、廊下に出たら鷲原くんが、お前なにしたんだよーおおものだなーってまた褒めてくれた。校長室に行ったらさっきまでここにいてたおじさんとあのパソコンしているおばさんがいて、おばさんが運転する白い車に乗ってここに来たよ。警察の車ってパトカーだけだと思ってたけど、白い車もあるんだねえ、ぼく知らなかった。ねえ、ぼく今日は、夕刊の配達があるからそろそろ帰りたいんですけど、帰っていいですか?

 あ、刑事さん。藤元くん、コンビニでお金払わなかったけど、ぼくが払ったから、藤元くんは悪くないから捕まえないでおいてくださいね。藤元くんはあの時、ちょっと忘れてただけだと思う。藤元くんのお父さんも、いいやり方を忘れて間違えたんだと思う。いいやり方、早く思い出してくれるといいな。あーあ、みんなぼくを好きになってくれたらいいのに。ぼくのことを好いてくれるひとはみんないいひとだよって、ぼくのお母さんが言ってました。
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書き出しの一文は、デイリーポータルZ 書き出し小説大賞第275回 規定部門・モチーフ『バカ』採用作より使用しました。

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