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「物語」に耳を傾ける──『東京の生活史』に参加して

【書評】岸政彦・編『東京の生活史』 評者:倉数茂

 9月21日に発売される『東京の生活史』(筑摩書房)という本に参加した。自分の手元にはもう届いているのだが、ご覧の通りレンガのようなヴォリュームの本である。鈍器オブ鈍器。鈍器界のラ・マンチャの騎士。一部ではすでに話題になりつつあるみたいだが、ちょっと変わった本で、150人の聞き手が150人の語り手からその人の「人生」を聞き出している。こういうのを「生活史」といい、ライフ・ヒストリー、あるいはオーラル・ヒストリーともいう。「聞き書き」である。

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 ぱらぱら読んでいくと、あらためて色んな人生があるなと思う。スポーツに打ち込んできた人、ネットワークビジネスにハマった人、インディーズレーベルを運営している人。基本的にみな普通の人だけど、一人一人みな違う。私が歩んできた人生ともずいぶん違う。電話帳の名前に、それぞれの人生データが添付されていたらこんな感じだろうか。島倉千代子が歌っていたようにまさに「男もいろいろ、女だっていろいろ」という感じがする。
 私は聞き手として、古い友人からライフ・ヒストーリーを聞き取った。その経験の中で考えたことを少し書いてみたい。

1 どのようにして始まったのか?

 この本が類例のないプロジェクトであるのは間違いない。なにしろ150人の聞き手のほとんどは、生活史調査などやったことのない素人なのだ。素人が素人に話を聞き、原稿にまとめ、それらを合わせて一冊の本にする。担当編集者の柴山浩紀さんがどれほど苦労したかは筑摩特設サイトのこちら「担当編集者制作日誌」
https://www.chikumashobo.co.jp/special/tokyo_project/#diary
で垣間見ることができる(特に原稿提出締め切り日だった2021年3月末前後)。
 プロジェクトのきっかけは監修者である社会学者岸政彦さんのツイートだった。このアイデアを筑摩書房が引き取り、具体的な計画が始まった。
 聞き手の募集者数は100人だったが、応募者は500人に近く、急遽150人に変更したというのも興味深い。研究者でもないのに、聞き取り調査をしてみたいと思った人がそれだけいたということだ。この生活史調査という行為には、それが何なのかは自分もうまく言葉にできないが、現代人の我々を刺激する何かが含まれているのだと思う。
 自分もツイッターで聞き手募集のお知らせを見て、すぐに参加したいと思った(理由は後述する)。自分にできるのかというためらいも、選ばれるのかという不安もあった。運よく採用メールをいただいたときは小躍りした。
 次に誰に話を聞くかを決めなければならない。『東京の生活史』では、語り手の選択は聞き手に任されている。しばらく悩んだ末に、二十年来の古い友人に話を聞くことにした。

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