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ポエムはみんな生きている(第六回)

「しょっぱいリアル」
安倍元総理暗殺の映像論  ni_ka

安倍晋三元内閣総理大臣が、衆人環視のなか、街頭演説の最中に、暗殺されたテロ事件から、季節は巡り、今は秋。安倍晋三さんは、彼の父親である安倍晋太郎元衆議院議員と同じ67歳で亡くなった。あまりにもあっさりとあっけなく、映像に撮られながら亡くなった。

私が安倍元総理暗殺事件でなにより着目したのは、事件の前後とその瞬間を捉えたいくつかの記録映像、つまりアーカイブによる表象だった。政治的や倫理的な観点からの興味ではないこと等、不謹慎であることは、充分承知の上でこの文章を書くことにした。

事件を撮影した映像は、どれも観ても“しょっぱくてしょぼい”空気が充満していた。“リアル”は退屈だ。令和の一大テロ事件の映像だとは、にわかに信じがたいほどにしょっぱい。

映像が残されている、過去の同種のテロルや未遂事件の映像と比較してもしょっぱい。アメリカ合衆国のケネディ大統領暗殺事件、レーガン大統領暗殺未遂事件などは、動的で派手なモティーフやキャラクターや騒々しさが映像に記録されている。それらを含む、過去の要人の暗殺事件映像や映画などで、暗殺、それも狙撃による事件は、私たちのなかで、知らぬうちにドラマティックである悲劇として内面化されてきた。

一方、安倍元総理の演説のために集まっていた市民等が、スマートフォンで撮影した暗殺事件を記録したいくつかの映像は、ダイナミズムやスペクタクル性が微塵もなく、静かで寂寞で、非常にしょっぱいシーンの連続だった。
こののどかな街中で、本当にあの安倍元総理の暗殺が起きたの……? というような平凡さ。国家の政治的重要人物の暗殺事件とは、もっと派手でドラマティックでなかったっけ……?
安倍元総理の当時の影響力を考えれば、あまりに簡素な環境と舞台。聴衆もいるけれど、ケネディ大統領暗殺の時のような溢れんばかりの熱気というには程遠いコンパクトさだ。なんと言っても、平和でのどかな奈良の雰囲気が印象深い。

狙撃犯である容疑者が手作りしたという、黒いガムテープのようなものがグルグルと巻かれた、これまたしょぼい手作り感満載の、贔屓目に見ても“フェイク”や子供が工作して作った“オモチャ”にしか見えない武器。そのオモチャみたいな“本物”の銃器から発せられた2発の爆音の響き。銃撃というよりは、何か爆竹のようなものの爆発が2回起きたように聴こえる。瞬間的に、誰かを狙撃しようとしたという音と捉えるのは難しい。“偽物”くささ満載なのに、殺傷能力は“リアル”。
こんなお粗末なまがい物のような物で、日本国の重要人物は狙撃されてしまった。

起きたことの重大さに反比例するかのように、視覚的・聴覚的には、環境も武器も何もかもしょっぱい。けれども、安倍元総理という的への狙いは、常軌を逸するほどに正確無比だった。安倍元総理以外、一人の怪我人すら出さなかったのだから。

狙撃した容疑者も、ここに居てなんら不思議ではないよね、という見事な普通さ、凡俗さで、狙撃前に道に佇んでいる様子が映っている。ファッションも雰囲気も、殺気や異常性やテロ実行直前のソリッドな狂気などを微塵も感じさせない。
狙撃した人が着ていた衣服は、
「UNIQLOやGAPあたりで、平凡な男性用の夏服の普段着買ってきて! 個性的にならないような普通の服ね!」
と頼まれたら、多くの人が5分以内で選びそうなグレーのポロシャツに、ポケットが多めのベージュに近いサンドカーキー色のカーゴパンツ。不織布のマスクもきちんと着用している。見た目からは、完璧なまでに“平凡で普通”の“そこらにいそう”な人が、狙撃犯として映像に記録されている。殺気や緊張感や挙動不審な様子もない普通の人。普通すぎて、狙撃犯は、事件映像に記録されている情報に限ると、あまりにキャラが弱すぎる。

私は、事件の記録映像を観てすぐに、北野武監督の初期作品をいくつか思い出した。北野武監督の初期の『ソナチネ』『HANA-BI 』の銃撃表現や暴力表現に、安倍元総理暗殺事件の暴力の様子は類似している。そこらにいそうな人が、棒立ちのような姿勢で、平穏な空間で、無表情のまま突如狙撃をしたり、静的なさなかに強い暴力をふるう北野映画の暴力シーン。
ハリウッド映画の『ボディガード』や、西部劇のポーズを決めながら、人間離れした能力で、かっこよく狙撃するキャラクターたちや演出への、北野監督のアンチテーゼの表現だ。突然、警告も予感もなく行われる暴力は、娯楽映画にある見応えのある娯楽要素を削ぎ落としたものだ。静かに暴力が起き、その瞬間まで日常で、暴力の結果が判明した後に、初めてオーディエンスがその暴力の激しさや狂気に気づくというしかけ。北野映像のうちたてた金字塔のひとつが、この静かで“リアル”な暴力描写だ。

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