【連載・めしとまち】平民金子|天六への扉
ボブ・ディランの来日ツアーが発表されたのが今年の2月くらいだったか、チケットの料金を見ると私が行けそうな大阪のフェスティバルホールだとBOX席が360万円。高いとは言うまい。しかしこれはプリウスの一番高いZグレードが買えそうな値段である。信者やから購入に迷いはないがさすがに月々3万円の10年ローンやな……仕方ナシ。と腹をくくったところでもう一度数字を見たらたったの3万6千円であった。安い!
そもそもの話が2020年の4月に予定されていた来日ツアーがタイミング悪くコロナ時代に突入してしまったせいで直前になって中止され、事情が事情なのでこればっかりはしゃあないのかとあきらめると同時に、私は心のどこかでさすがにボブ・ディランも80近いし今後日本でライブを見ることはもう無理なのだろうと覚悟していた、そんな中での81歳ボブ爺の奇蹟の来日発表であったのだ。今回ばかりはチケット代3600万円でも行くつもりである。
1ヶ月前からマスクと手洗い、2週間前からは家の中でもマスク着用を徹底し、万全の体調管理で無事に4月6日木曜日ライブ当日を迎えた私は神戸駅から電車に乗って、大阪駅に着いて電車の扉が開き足を一歩ホームに降ろしたと同時に確かなボブ爺のにおいをかいだ。マスクをとると今、爺と同じ空気を吸っているのだという感慨に包まれ、そして思ったのは、ボブ・ディランだってめしを食わねば死ぬだろうということである。ボブは今日どこにご飯食べに行くんやろうな。たぶん天六商店街やろう。ボブは今日の雨予報の空を見上げ『天国への扉』の歌詞「That long black cloud is comin’ down」を思い出すからである。ボブは天六への扉をノックする。ノック、ノック、ノックするだろう、天六への扉を。
大阪駅から環状線に乗って天満駅で降りる。「天神橋筋商店街をご通行中のみなさん。阪神タイガースOBの川藤幸三です」という商店街天井スピーカーから延々流れるコテコテの大阪弁をボブはどんな気持ちで聞くのだろう。さすがコロナ明けというか、何が明けたのかは知らないが西洋人やアジア系の観光客が目に見えて増えている。皆が皆ボブ・ディラン目当てに来日したわけではないだろうが寿司屋に出来ている長い行列を見て私は「ボブはそこにおらんぞ」と言いたかった。ここからのボブ・ルートを予測するのは簡単だ。最近の爺は『川の流れを見つめて』でライブを始めることが多いからせっかく天満で降りたからには淀川を見るために天神橋筋商店街を北上する。アーケードが終わって信号を渡ったボブは「飽きがくるほどアゲガデカイ! けつねうどん」と書かれたでかい看板を見つけ、通訳に「これは何と書いているのか?」と聞くはずだ。通訳からは「けつねうどんっていうのはうどんに甘辛く炊いたあげがのっかった食べ物です。通常〝きつねうどん〟と発音されますがここ大阪では〝けつねうどん〟と発音されることもあってこのように書かれています」みたいな説明をされ、ボブは言う。「なるほど、ここが天六への扉ってわけだな、入ってみよう」
それでまあ私も店に入ったんだが、さすがにその時はボブ爺はいなかった。客の平均滞在時間が長い店なら会える可能性もあっただろうがなにせ立ち食いうどんであるからせいぜい10分ほど。でもこちらも会えるとは思っておらず落胆はしていない。カウンターに肘をついて、ボブはここで何を食べたんやろな、せっかくだから同じものを食べたい、店主に聞くってのも野暮やし、といろいろ頭を悩ませたところで私はボブが『All I Really Want to Do』で、自分のように見たり感じたり、自分と同じことをするのをきみには求めていないと歌っていたことを思い出す。だから私はボブが食べたけ(き)つねうどんではなくあえて「黄麺」をオーダーした。
黄麺とは何か。中華麺のことである。姫路の駅そばで最近は全国的にも有名になってるんだろうか。中華麺にうどんだしをぶっかける食べ物を出す店が関西には時々ある。黄麺はデフォルトでは具が入ってないから私はもっともボブ・ディランっぽいトッピングをと考えて「きざみ」と「こぶ」を選択した。きざみとは薄揚げを切ってどばっとふりかけたやつである。きざみととろろ昆布がめっちゃボブっぽい。
食べた後は淀川に行って、川べりでボブ・ディランを聴こうと思ったけどそういう気分にならず、あんたも涅槃に行ってしもたんやなと思いながら坂本龍一のアルバムを聴いた。『12』を最後まで聴き終わった頃には天気があやしくなってきたのでフェスティバルホールまでぶらぶら歩き、厳重なボディチェックを受けて会場に入った。この日のために7700円かけてメガネを新調したのでよく見える。なあボブ爺よ、私も同じ淀川を見つめてたんやで、という感じで案の定ライブは『Watching the River Flow』から始まり、歌が始まったら立ち上がり歌が終わったら鍵盤の前に座るボブ様の姿を見ながら、あと何回くらいこの人を見れるのかと思ったが、あの大江健三郎だって森に行ってしまったし、私なんて40代やけど毎日体がだるくて仕方がない、だから80代のボブ・ディランなんてもっと体がだるいだろう。けつねうどんをたいらげる目的を果たした爺は金もいっぱい持ってるだろうから今後わざわざ日本でツアーをする意味があるとは思えない。となるとこれが最後である可能性もそれなりに高い。そう考えるとたまらん気持ちになる。そして歌声を聴きながらふと、このひと若い時にウディ・ガスリーに会いに行ってはるんよなと思った。
ぽつぽつと雨が降っていた帰り道、雨に濡れた舗道を歩きながら私はウディ・ガスリーの歌『So Long, It’s Been Good to Know Yuh』を小さな声で歌った。高田渡は10代の頃に書いていた日記の末尾に毎日のようにこの言葉を書いている。
So long, it’s been good to know you.
日記の中で高田渡はウディの歌詞に「アバヨ、君をしっててよかったよ。サヨナラ」と日本語をあてている。そんな高田渡もとっくにこの世にいない。10代の頃、地元の図書館の外階段に座ってライク・ア・ローリング・ストーンを歌っていた昔から今まで、大阪の町を歩くといつだって過去がまとわりついてくる、過去は未来の死につながっている、アバヨ、きみを知ることができて本当によかったよ、さよなら、てあほな、爺さんまた来たりして、もうええわ、金ない。
写真:平民金子
(初出「文學界」2023年6月号)
■ プロフィール
「文學界」2023年6月号 目次
【創作】乗代雄介「それは誠」(280枚)
地方の高校生・佐田は修学旅行で訪れた東京で同級生たちとある冒険をする。かけがえのない生の輝きをとらえる、著者の集大成!
九段理江「しをかくうま」(270枚)
乗れ。声はどこからともなく聞こえた。乗れ。過去、現在、未来へ、馬と人類の歴史を語り直す壮大な叙事詩!
衿さやか「泡のような きみはともだち」(2023年上半期同人雑誌優秀作)
【鼎談】多和田葉子×関口裕昭×松永美穂「文学と文学研究の境界を越える————『パウル・ツェランと中国の天使』をめぐって」
【批評 村上春樹『街とその不確かな壁』を読む】上田岳弘「継承とリライト」
【特別寄稿】筒井康隆「老耄よりの忠告」
【巻頭表現】山崎聡子「葬列」
【エセー】中山弘明「「島崎藤村の世紀」展と雑誌「文學界」——「エディター」藤村の誕生——」/菅原百合絵「欲望と幻滅」
【コラムAuthor’s Eyes】永田紅「あの二センチが」/金川晋吾「スカートを買ってからの話」
【追悼 富岡多惠子】安藤礼二「四天王寺聖霊会の思い出」
【追悼 坂本龍一】佐々木敦「甘い復讐————坂本龍一を(個人的に)追悼する」
【強力連載陣】松浦寿輝/砂川文次/円城塔/金原ひとみ/宮本輝/西村紗知/奈倉有里/王谷晶/辻田真佐憲/藤原麻里菜/成田悠輔/平民金子(*本稿)/犬山紙子/柴田聡子/河野真太郎/住本麻子
【文學界図書室】宮本輝『よき時を思う』(東直子)/村上龍『ユーチューバー』(吉田大助)/古川真人『ギフトライフ』(児玉美月)
表紙画=柳智之「J.D.サリンジャー」