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ふびんや 11「カタオカ Ⅲ」

ふたりが営む和風雑貨屋「ふびんや」は骨董屋ではない。が、洋服に仕立て直すために持ち込まれた古い着物のあとを追うようにして、逝ったひとが残していったもの、捨てるに忍びないのだけれど今の暮らしでは使えない古道具が、それぞれの思い出を携えてやってくる。

古道具は、どれも時間が侵食した傷や汚れをも抱えてくる。用を終えて為すことなくてうなだれているかのように見えるものもある。その「ふびんさ」に心痛めるあずとひなの手でそれらは時間をかけて手厚く修理され、磨かれる。

そうこうするうちに、古道具はその思いを受けて息を吹き返したように見えてくる。そうやって古道具がお道具になる。

そして按配よくアレンジされた鮮やかな文様のちりめんや渋い紬に引き立てられて、生き生きと人目を引き、また新しい居場所を見つけることとなる。そんなはなしが客の口から口へと伝わっていった。

何年か前の早春のころに「ふびんや」という店名に導かれるかのように、その老女はやってきた。短く刈り上げられた白髪に縁取られた顔は能面の痩女のようだった。

窪んだ目でぐるりと見渡して、店内に置かれたお道具の扱いに納得したのか、いきなり
「あんたにやるからさ、うちの姫鏡台を取りに来ておくれ」とあずを自宅に呼びつけたのだった。

無数の茶色いシミが模様のように浮き出た老女の手が記した住所がここだった。波打つように震えた字だった。その横に書かれた「田中小枝」という字が傾いでいた。

「でもそのおばあさん、そのあと確かガンで亡くなったって……」
「そうや。小枝さんがうちにみえたときは、もう時間がないことがわかったはったんや。そやさかいに大事な鏡台の行き先を決めときたかったんやろな」

「お葬式も行ったんだよね、母」
「ふん、そうや。ご縁があったおひとやさかいになあ。葬儀場でのお葬式やったけど、小枝さん、一人暮らしやったしかなあ、なんやさびしいお葬式やったわ……ここ、ようやく売れたんやなあ……。しかしどこでもそやけど、家がのうなって更地になってしもたら、えらい小そう見えるなあ」

そういったあずの声がしみじみとしていたので、ひなは、はっとする。

京都の家も狭かった。間口が狭い上に、鰻の寝床になるほどの奥行きもなかった。祖母のチセとあずとひな、おんなだけの三人家族だった。おとこの姿は仏壇のなかにしかなかった。それゆえの貧しさだった。年若くから働きにでたあずが料亭でしりあったのが、恵吾だった。

チセの死後、女三人が住んだ西陣の家も遠い縁者が相談して取り壊し、普通車と軽自動車が一台ずつようやく入る小さな駐車場になったのだと聞いていた。逃げて帰りたくてもふたりが帰るところは、もうない。

「ここで鏡台にまつわるあの話、聞かせてもろたんや。あんたにも教えたげたやろ。あんた、あの話、気に入ってたやんか」

その家にあった姫鏡台は、時は経ているものの桑の木を使った粋なつくりのお道具で、大きな傷もなく磨かれていて、大切にされてきたもののようだった。それは遠い昔、言い交わしたひとの作ったものだと小枝は告げた。

「修業中だったけど、江戸指物の腕のいい職人だったのよ。指がきれいなひとでねえ、その指のこまかな動きをみているだけで胸がときめいたものよ」

その鏡に映る若い日の小枝の姿をいとおしく思ったであろうそのひとは、夫婦になる前に、結核を病んだ。病気を理由に親がふたりの仲を裂き、そのひとは療養のため信州へ移り住み、そこで亡くなった。小枝は、その後、別なひとと結婚したが子供はできなかったという。

あずからその話を聴きながら、老いて一人暮らしをする老女の思いが帰っていくところがそこにしかないのなら、そのどこかで聞いたようなありふれた話が、嘘でも本当でもどちらでもいいとひなは思ったのだった。

所在ない夜に、ひなは店に置かれたその姫鏡台に垂らした京友禅の端布をめくりあげる。覗き込むと、小枝が指のきれいな職人とともに歩んだかもしれないもうひとつ人生が、その鏡のむこうにひろがっているような気がしてくる。

そして、そこに顔が映っている自分にも、そしてあずにも、ひょっとしたら、まるっきりちがうものがたりがどこかで用意されているのかもしれない、とも思うのだった。

「ここにあったんは古いけど頑丈そうな家やったわ。ええ材木がつこてあって、骨太のお家って感じがしたわ。門のとこに緑の郵便受けがあった。小さいけどお庭があってなあ、ギボシやらリュウノヒゲやらなつかしもんが植わってたわ。珊瑚樹やら立ち木もあったけど、手入れが行き届かへんのか、えらい虫に食われてたわ」

そんな詳しい家の記憶が更地の前でよりどころを失い、宙に浮く。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️