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本間さん

山下和美さんの「摩天楼のバーディ」というコミックのFLIGHT16に、自分をがんだと思い込んでしまった本間さんという真面目なおじさんが出てくる。

ショックを受けて家を出てしまうんだけど、それでもやっぱり行き所がなくて会社に行って、いつものように仕事をしてしまう。

会社には家族から入院するという知らせがあって、みんな本間さんはいないものと思っている。
なので、本間さんがいつものように机にむかって、仕事をしているのに、だれも気づかない。

本間さんが書類を持って課長の席にいってはじめて「あ、本間さん来てたの?」といわれる。

そんな本間さんを探しにきたひとに、本間さんはしみじみと語る。

「わたしは子供の頃からずっと一つのことを守ってきました。真面目にやっていればそれでいいんだ。道理を守ってさえいれば、誰にも非難されることはないって。
ひとを踏み台にするような人間にもなりたくなかった。しかし自分の仕事はまっとうにやってきたつもりです。
でも最近になってやっと気がつきました。こうしてわたしは誰にも嫌われないかわりにだれにも見られない人間になってしまったのです」

なんとも、ずーんと重い言葉だった。命の瀬戸際でこんなことがわかってしまう。人生のオセロがひっくり返る。つらいね。

そう、ガンはそういう病いなのだろうな。ガンと言われて、即、命が終わるわけではない。身の内にあるガン細胞は陣取り合戦のようにテリトリーを広げ、広がりきって、勝ち誇るようにひとつのいのちを征服する。

そんなガンという細胞の造反は生きてきた時間が招く。なぜ、こうなったのか?なぜ、自分なのか?ここまでくる道筋をどこでまちがったのか?

なぜ、身体の言い分をきかなかったのか?自分が自分に言い聞かせる言葉に無理はなかったか?ガン患者はそんな自問を繰り返すという。

そして幸いにも生還したひとは価値観が変わるともいう。たいせつなこととそうでないことの境界線がくっきり見えてきて、判断に迷いがなくなるのだとも。

だからこそ、本間さんの言葉はつらい。誰にも見られない自分。そんなことをわかってしまったら、あたしならどうするだろう。

生きていくのに虎の巻はないし、近道もないのだと思う。こうすればよろしいという指南はたくさんあるが、自分にあわない指南は不幸の元かもしれない。

自分を取り巻くひとたちのなかで、日々のやりとりや出来事と格闘して、たくさんの生傷をつくり、傷口なめながら、折り合いつけて、そんな自分を認め、好かれたり嫌われたりしながら、自分の輪郭をつくっていくんだろうね、本間さん。




 

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