見出し画像

ラルフのためいき 6「レンⅢ」


「樹菜ちゃん、ボーイフレンドはできたかな?」
「ヤダー、知らない」

「いやあ、うちの若いもんが気にしてるのさ。樹菜ちゃんくるとみんなそわそわしてな。誰か好きなひといるのか、聞いてくれっていうのさ」

「そうねえ、今のところは……レンちゃんかな」
「ははあ、レンかい? 樹菜ちゃん、上手く逃げたな」

ワオ! やったね。犬でよかったかもしれないって思うのはこんなときさ。でも、オイラは知ってるんだ。道場に来ている土門ってやつのこと、樹菜ちゃんは気になってるんだよ。ときどきちらりってそいつのこと見てるの。

そいつはでかい奴でさ、剣道のかっこうするとひときわでかくてさ、他の奴とはまちがいようがないんだ。オイラがこの家に来たときにはもう土門は道場に通ってきてた。奴はけっこう筋がいいらしくて、今じゃ時々師範代の代理みたいなことやってるらしい。

土門も警察官で、白バイに乗ってるんだ。あいつ、なかなかたいした面構えなんだ。なんていうのかな、ちょっと時代劇みたいな顔なんだよ。元気だったころ、朱鷺さんが「土門くんは桃太郎侍みたいね、惚れ惚れするわ」って言ったことがあった。たしかに正義感溢れるっていうのは、ああいう顔なんだろうな。気は優しくて力持ちって感じもあった。実際土門は朱鷺さんに優しかったんだよ。

朱鷺さんのこころの具合が悪いとき、土門は気分転換に近所の寺の桜を見に行きましょうって誘ったんだ。朱鷺さんは「そんなに歩けないから」って断ったんだけど、土門はずーっと朱鷺さんのことおぶって寺の境内回ったんだ。オイラと樹菜ちゃんがいっしょだった。

さすがに鍛えるからさ、土門はいくら歩いても疲れをみせないんだ。まあ、朱鷺さんの体が薄くなってってこともあるけどな。あいつの背中はでかいからさ、朱鷺さん、安心してられたと思うよ。最初は恥ずかしがっていた朱鷺さんも、見事に咲きそろった桜並木の下で「ああ、きれいねえ~」って幸せそうな顔つきで言ったんだ。そのときの顔を、オイラは今でも思い出すよ。たぶん、そのときから樹菜ちゃんは土門のことが気になってるんだと思う。土門のほうも樹菜ちゃんのあったかな思いやりを感じてたはずさ。

たださ、土門のやさしさっていうのはさ、底なしでさ、オイラのことだって可愛がってくれたわけで、樹菜ちゃんだけにやさしいってわけじゃなかったからさ、ふたりの仲がそれ以上発展することもなかったんだ。だから、まあ、オイラをすきっていってくれたのはそういうわけなのさ。

でも、オイラ、思い出すなあ。土門こと。朱鷺さんの告別式のとき、じいさんは土門に朱鷺さんの棺を担いでやってくれって言ったんだ。きっと、そうすることで朱鷺さんが喜ぶと思ったんだろうなあ。

そう、あのときの土門のとめどない涙をオイラは忘れない。唇をぎゅっと結んで、目をカッと見開いて、ものすごく怒った顔で土門は泣いていた。男の泣きかたってああいうもんなんだな。こいつなら樹菜ちゃんと仲良くしてもいいなと、そのとき思った。

じいさんとオイラだけの家に樹菜ちゃんがきて、一日にぽっとあったかな時間ができた。
道場には元気な掛け声が満ちて、練習が終わると土門が家にきて仏壇に手を合わせる。じいさんと土門と樹菜ちゃんの三人とオイラが朱鷺さんのことを思いながら、巡る季節のなかで、自然によりそっていたんだ。そんなふうにしてオイラたちは朱鷺さんの不在に馴染んできたんだ。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️