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ラルフのためいき 2「ラルフⅡ」

まあそれには訳もあるんだ。長くなるけどいいか?

センセイの奥さんは鵠沼のじいさんとこのひとりっこだったんだけど、嫁にきちゃったんだ。熱烈な恋愛結婚だったわけさ。あの鵠沼のじいさんに、お宅の娘さんを嫁にくれって言いに行くのも、度胸のいることだったろうよ。センセイは跡取りだからさ、養子に入るわけにいかないからな。

ここの子供は巧くんと園子ちゃんときいっちゃんの三人。で、次男坊のきいっちゃんが鵠沼のじいさんちの名前を継ぐらしくて、小さいときから鵠沼によく遊びにきてたんだ。

あれはまだきいっちゃんが5歳になってないころだったな。秋の終りのころさ。隣の家の樹菜ちゃんに遊んでもらって、すっかり疲れて昼寝してたはずのきいっちゃんが、気がつくとどこにもいないんだ。家の中をいくらさがしても見つからないのさ。お医者の子だからさ、誘拐ってこともあったし、近くに海もあるからさ、溺れたら、なんて想像してみんな青くなっちゃったんだ。

そこでじいさんがオイラにきいっちゃんの上着の匂いを嗅がせて、警察犬みたいなことさせたんだよ。オイラのこと、ミックス犬だからって馬鹿にしちゃいけないよ。実はじいさんの昔の仕事は警察官だったから、こう見えて、けっこう訓練されたんだよ。朱鷺さんがいなくなってからは、家のなかの探し物までさせられたけどね。

じいさんの現役時代の仕事ぶりはオイラにはわからないけど、優秀だったんだろうなと思うよ。昔の部下ってひとたちがよく遊びにきて、そんな話をしてたもんな。警察官ってのは優秀だとうらみを買うこともあるから、その線でも心配だったらしい。だから、おおっぴらにはなってなかったけど、関係したひとはみんなぴりぴりしてたよ。

ま、そういう騒動だったんだけど、結局オイラが松林のなかできいっちゃんを見つけたんだ。な、優秀だろ? まだまだオイラも若かったしね。 ほんとは、その松林はいつもじいさんといっしょに行ってるところだから、ちがう匂いがするとすぐわかるからなんだけどね。

きいっちゃんはおんなのひとといっしょに松ぼっくりひろってた。色の白い痩せたひとで、ぼさぼさの髪の毛が長くて、松の木の下だったからかな、昼間なのにちょっと幽霊っぽくも見えたよ。オイラがそのおんなのひとに向って吠えるとさ、顔を上げたきいっちゃんはオイラのほうに走ってきてオイラにしがみついたんだ。じいさんもいっしょだったんだけど、オイラの首んとこへかじりついて離れないんだ。こどもごころにもそのおんなのひとの雰囲気がヘンだってわかって、やっぱりこわかったんだろうな。

後で聞いた話だと、きいっちゃんが昼寝から起きて表にでたところを、そのひとが抱きかかえて連れ去ったらしいんだ。そのひと、子供が欲しいんだけど生まれない体質らしくて、きいっちゃんのことかわいがりたかったんだってさ。行き場がなくて膨らんだ気持ちってのははどっかに出口を探すんだろうな。

 まあ、事件はそんなふうに、オイラのお手柄で、あっけなく一件落着だったんだけどさ、その後がたいへんだったんだよ。きいっちゃんがそのままオイラのことを離さなくなっちゃったんだ。いろんな調べとかが済んで、落ち着いたからもう世田谷の家に帰るよって、無理に引き離そうとすると、きいっちゃん、天地がひっくり返るような大声でぎゃんぎゃん泣くんだよ。それもオイラのそばで泣くもんだから、耳がもげそうだったよ。

なんとかしてくれよ、って気分でじいさんのこと見たんだけどさ、じいさんはしらんぷりして
「じゃ、錬三郎を連れて行くといい。気持ちが落ち着くまでしばらくいっしょにいたらいい」
なんて言い出すんだ。おいおい、待ってくれよって思ったさ。オイラ、じいさんがそんなこと言うなんて思ってもいなかった。朱鷺さんのことはどうするんだって思ったさ。

「お義父さん、すみません。錬三郎くんをお借りします」ってセンセイが言ってさ、その時もオイラ、世田谷に連れてこられちゃったんだ。オイラはきいっちゃんの命の恩人ってことになって、歓待されたんだけどさ、オイラ自身は朱鷺さんのことが気になって仕方がなかった。
 

朱鷺さんはじいさんの奥さんなんだ。でもオイラはばあさんって呼びたくない。だって、十年前、国道沿いの歩道に捨てられてたオイラを拾ってくれたのはほかならぬ朱鷺さんなんだ。

そのころ、朱鷺さんはたったひとりの娘が結婚して出て行ってしまって、なんだか調子が悪くなってうつうつとした日をおくっていたらしい。更年期の空の巣症候群とかいうらしい。きっとさびしかったんだろうな。けど、警察官のじいさんはえらくなってもなんだか忙しくてさ、家にあんまり帰ってこなかった。

朱鷺さんはその日、憂鬱が嵩じてもう生きてるのがいやになって、トラックにでも飛び込もうかと思って国道沿いの道を歩いていたんだってさ。オイラにはわからないことだけど、人間ってそんなふうになっちゃうもんなんだね。
そこで聞いたオイラのか細い鳴き声が朱鷺さんの思いをこの世に引き止めたんだってさ。捨てられてたときのオイラは生まれてまもなくてさ、まだ目も開いてなかったらしいんだ。朱鷺さんはそれをミルク飲まして、抱いて温めてくれたんだ。そうしてくれなかったら、オイラは死んでただろうね。

そのあともずっとすごく可愛がってくれたんだ。「錬ちゃん、おいたはいけませんよ」っていわれると、なんかきいちゃうんだよな。じいさんのお説教より朱鷺さんの嘆きのほうが堪えたなあ。オイラ、朱鷺さんがかあさんだと思ってるよ。いまでもね。

だからさ、いくらここで歓待されたって、オイラはちっともうれしくなくて、それよか朱鷺さんのことが気になって気になってなんなかったんだ。また寂しくなって哀しい目をしてるんじゃないかなって思ったら、遠吠えしたくなったよ。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️