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ふびんや 21「片袖袋 Ⅲ」

思いがけずこころがざわついてきてうつむくひなに、伊沙子が明るい声で言う。

「でもさあ、あのひと、人形の着物をふびんやのひなちゃんが作ってくれたんだってみんなに自慢げに言ってるらしいわよ。『そりゃあ、いいちりめんの上品な柄の着物で、お正月に着せてやるんだ』って。よっぽどうれしかったんじゃないの?」

「うん、だと思う。公子さん、ここで泣いてたもん……」

公子が着物を取りに来た日、できばえを見せるために、人形の鞠子に着せてみせた。公子の手作りだという鉤針編みのワンピースを脱がせると、首に目黒不動のお守りがかけてあった。不釣合いに大きいのではずそうとすると、公子が「取らないで」と言った。

鞠子の足は象の足のように足首がなく、しかも指がくっついているので、足袋は勘弁してもらい、それ以外のものは肌着、裾よけから帯揚げ、帯締めまで、全てひなが工夫してそろえた。サイズはミニチュアだが、けっこう手間はかかった。

それを一枚ずつ着せていくところを公子はそばで息を殺して見つめていた。鞠子はされるがままにただそこに立っていたのだけれど、濃い紫のちりめんに黄や橙の模様が映える着物を着せて、赤い帯を締めると、次第にその頬が上気していくように見えた。

最後に帯締めを締めてポンと帯を叩くと、公子が待ちきれないように横あいから手を出して鞠子を抱えあげ、赤ん坊をあやすように言った。

「ああ、きれいだねえ、鞠子。ああ、かわいいねえ……うれしいねえ。ありがたいねえ」

彩色されただけの鞠子の髪に公子の涙が落ちた。

「初詣に行って、みんなに見てもらおうねえ。みんな驚くだろうねえ、きっと褒めてくれるよ。鞠子はきれいだねえって。……」

涙を拭いもしないで、繰り返し鞠子に語りかける。鞠子は不思議そうな顔で公子を見返していた。

「……よっぽどうれしかったんだろうなって思っちゃった」

「ふーん、そうだったんだ。あのひと、昔はいい暮らし、してたらしいけど、今は年金暮らしだし、病院通いもあるから、暮らし向きはきびしいかもね。でも、それはそれよ。ちゃんとお金もらった? 安くし過ぎてない? ふびんやも商売なんだからね」

「だいじょうぶ。きちんと払ってもらったから」


注文を受けたとき、代金の設定に困った。最初から、材料は祖母のチセのものを利用するつもりだったので、ひなの手間賃だけをもらえばよかったのだが、裕福には見えない公子の負担にならない額がわからなかった。思案のあげく相談すると、あずはためらいなく答えた。

「まあ、仕上がりにもよるけど、今のあんたやったら六千五百円もらいよし。ほんで渡すときに小物を片袖袋にいれたげたらええ」

「ねえ、それって高すぎない?」

「いや、あのおひとはキューピーさんのために奮発したいんやと思うけどな。五千円ではいかにもおまけしたみたいで切りがよすぎるさかいに、それぐらいがちょうどええと思う。手心加えるような特別扱いはかえって失礼やろ?」

あずもひなも特別扱いにはプラスとマイナスがあることを身にしみて知っている。

公子はくたびれた財布から小さく折った一万円札を出して「そんなに、安くしてもらって悪いわねえ」と言った。

ひなは「いえ、小さいものだし、材料費がかかってませんから」と答えたのだった。

伊沙子はなおも引き出しを覗き込んで、底にある黒い袋を手にとって言う。

「あれ、ひなちゃん、これは、なんだか感じがちがうわね。別珍でつくったの? スパンコールがついてるじゃない。あらあら、同じのがいっぱいあるわねえ」

「ふふ、気がついた? それは洋物なの。ほら、例のバーバラの。これ、伊沙子さんにはあげてなかったっけ」

「ああ、例のカラオケの外人さんの? あの時わたしは別なのをもらったからね。へー、けっこういい感じじゃない。うまく作ったわね。これももらってくわ。これは千円払うからね。このままでいいわ」

「ね、伊沙子さん、それっていろいろあった品物だけど、いいの?」

「なに言ってんの、この店にあるものはみんなそうじゃないの。あんたたち親子がお祓いしてくれてるようなもんだから大丈夫さって、うちのがいつも言ってるわよ。あ、そうだった、うちのがじりじりして待ってるから、帰るね。おじゃまさまー」

また下駄の音をたてて伊沙子は出て行った。

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